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沢田 ユキオ(本名:沢田 幸男[1](さわだ ゆきお)、1953年3月12日[2] - )は、日本漫画家である。大阪府出身[3]。3年間サラリーマン生活を送った後に漫画家になった。

沢田 ユキオ
本名 沢田 幸男[1]
生誕 (1953-03-12) 1953年3月12日(66歳)[2]
日本の旗 日本 大阪府[3]
国籍 日本の旗 日本
職業 漫画家
活動期間 1970年 -
ジャンル 少年漫画
代表作スーパーマリオくん
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目次

経歴編集

学生時代に同人漫画家グループ作画グループ」に加入する。その後、『週刊少年ジャンプ1970年21号に『おれとかあちゃん』、1971年17号に『オーマイブラザー』がそれぞれ読み切り作品として掲載される。1974年東考社から作品集『オーマイブラザー』が出版される。1980年徳間書店の『テレビランド』に掲載された『のってるヒーローくん』で連載デビューし1983年まで連載される。その後、同社の『わんぱっくコミック』1986年8月号にゲーム漫画『スーパーマリオブラザーズ2』および『スーパーマリオブラザーズ3』を連載。1989年1月号で同誌休刊に伴い連載が終了したが、これがきっかけで小学館『月刊コロコロコミック』1990年11月号に『スーパーマリオくん』を連載し、人気を博す。以来、小学館の単行本・学年誌などで学習漫画・クイズ漫画を多数執筆する。

2017年現在、小学館の『月刊コロコロコミック』と『別冊コロコロコミック』に『スーパーマリオくん』を長期連載中。また『月刊コロコロコミック』の姉妹本『コロコロイチバン!』で『オレだよ!ワリオだよ!!』を連載中。

2015年12月14日Youtubeのコロコロチャンネルに出演し、『マリオメーカー』の自身が作り上げたコースのプレイの観覧と共に自身もプレイした。

漫画原作者で評論家でもある大塚英志と交友関係があり、1981年に雑誌編集のアルバイトを紹介した。また漫画家の樫本学ヴとも仲が良く、自分の漫画の作中に登場させている。またスーパーマリオくん4巻の巻末には、間寛平と作者の競演が行われ、作者が弟子として教えを受けるギャグが展開された。『コロコロアニキ』2017年秋号では松山せいじの漫画『なみだめし』で第1回のゲストとして描かれた。

人物・エピソード編集

  • 好きなプロ野球チームは読売ジャイアンツ
  • 好きな食べ物は大阪で食べるたこ焼きお好み焼き[4]
  • に弱く、御屠蘇を一口飲んだだけで真っ赤になる[4]
  • 『スーパーマリオくん』のストーリーを考えるため、原作にあたるマリオのゲームをしているが、どうしても進めないところは自身の子供に頼んで手伝ってもらっている[5]
  • オールナイトニッポンに出演したことがある[4]
  • 作品では作者本人が出てくるシーンがよくある[6]
  • もずく酢を食べると体が震える[7]
  • 漫画家でなければ高校の化学の教師になりたかったと語っている[4]
  • マリオシリーズで一番好きなキャラクターはヨッシー。理由は大食いで心優しいから[8]
  • 『スーパーマリオくん』第1巻の帯裏には連載当初の自身の写真が載っており、それ故にサイン会の度に少し恥ずかしい思いをしている[9]
  • 『スーパーマリオくん』第40巻の帯裏で、任天堂の宮本茂とのツーショット写真が掲載されている。

作品リスト編集

連載作品編集

読み切り・短編編集

学習漫画編集

  • 国語のふしぎおもしろ百科(小学館 学習まんが・ふしぎシリーズ、1981年
  • ことわざおもしろ事典(小学館 学習まんが・ふしぎシリーズ、1984年
  • おもしろパズルランド(小学館 学習まんが・ふしぎシリーズ、1984年)
  • まんがいじわるクイズ(小学館 コロタン文庫、1984年
  • なぞなぞゲームブック(小学館 コロタン文庫、1986年)
  • みえる・みえないのひみつ学研 ひみつシリーズ、1986年)

脚注編集

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  1. ^ a b 『スーパーマリオくん』13巻より。
  2. ^ a b コロコロドラゴンコミックス巻末プロフィールより。
  3. ^ a b 『スーパーマリオくん』単行本最終ページの略歴より。
  4. ^ a b c d 『コロコロ』巻末の作者コメントより。
  5. ^ 『スーパーマリオくん』15巻より。
  6. ^ 『スーパーマリオくん』、『国語のふしぎおもしろ百科』など。
  7. ^ 『スーパーマリオくん』38巻より。
  8. ^ 『スーパーマリオくん』14巻の帯裏コメントより。
  9. ^ 別冊コロコロコミック2004年4月号付録、ギャグコロコミックの秘密のニュース欄より。