メインメニューを開く

河北町(かほくちょう)は、山形県のほぼ中央部にある人口約1万9千人の。かつては最上川舟運の紅花の集散地として栄えた。現在はとべに花の里で知られる。また、山形県の中で唯一「町」を「ちょう」と読む。

かほくちょう
河北町
河北中央公園
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 山形県
西村山郡
団体コード 06321-5
法人番号 2000020063215
面積 52.45km2
総人口 17,980[編集]
推計人口、2019年6月1日)
人口密度 343人/km2
隣接自治体 寒河江市村山市東根市天童市
町の花 ベニバナ
河北町役場
町長 森谷俊雄
所在地 999-3511
山形県西村山郡河北町谷地戊81
北緯38度25分34.7秒東経140度18分51.4秒
Kahoku town office.JPG
外部リンク 河北町の公式サイト

河北町位置図

― 市 / ― 町・村

 表示 ウィキプロジェクト

卓球の町として知られ世界チャンピオンを2名輩出している。冷たい肉そばが名物である。

目次

地理編集

歴史編集

平安時代摂関家領であった寒河江荘の一部(北寒河江荘)であり、鎌倉時代に入ると大江氏の流れを汲む寒河江氏が地頭として領した。町内には谷地八幡宮・溝延八幡宮が建てられ、寒河江八幡宮とともに「寒河江荘三八幡」と称された。大江氏の相続問題により北寒河江荘は北条氏領や円覚寺領となり、南北朝時代中条氏領となる。中条氏は谷地城(現三社宮)を築城する[1]。中条氏が途絶えると、大江氏の流れを汲む[2]北方の土豪、白鳥氏が谷地城に入った。城を中心に今の街割が作られたが、最上義光によって白鳥氏は滅ぼされてしまい、その後、最上氏改易まで最上領(蔵入地)となった。

最上氏が改易になると谷地城は廃城となり、河北町域は天領新庄藩領に分割統治された。うち新庄藩は谷地市街北部までを領し、北口番所を置いて、現河北町北部と村山市西部を治めた。

行政編集

経済編集

かつては、紅花青苧の集積地、最上川舟運の船着場として栄えた。新庄藩の時代は、谷地は「町方」とされ最上川西岸南部支配の代官所が置かれた。「紅花資料館」となっている旧家の大きさ、町でありながら設置されたアーケード街、中心部の大きさなどといった点に、その残影を見ることが出来る。

産業編集

郵便局編集

  • 河北郵便局(集配局)
  • 北谷地郵便局
  • 溝延郵便局
  • 西里郵便局
  • 下槙簡易郵便局

金融機関編集

姉妹都市・提携都市編集

国内
1991年平成3年)7月6日友好都市提携。(藍染めと紅染めの染め物つながり)
2001年平成13年)1月14日友好都市提携。(同じ町名が縁で)
海外
1993年平成5年)10月20日姉妹都市提携。

地域編集

人口編集

 
河北町と全国の年齢別人口分布(2005年) 河北町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 河北町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
河北町(に相当する地域)の人口の推移
 
総務省統計局 国勢調査より

教育編集

高等学校
中学校
小学校
社会教育
 
河北町民体育館
 
サハトべに花
紅花に関する資料、紅花染め振り袖、各時代の雛人形など、最上川舟運に関する資料を収蔵展示している。
新着図書や本の検索・予約ができる。
職人の道具や昔の農業用具、民具などを展示している。

交通編集

鉄道路線編集

鉄道については以前、河北町に鉄道を延伸させようとした計画があったが、地主の農家から「所有する田んぼの面積が減る」という理由から猛反対にあって計画が白紙になった為に現在でも町内に鉄道駅は存在しない(かつては奥羽本線神町駅から谷地を結ぶ谷地軌道が1915年から1935年まであった)。その為、鉄道を使うには最寄の寒河江駅さくらんぼ東根駅を使う方法しかない。

最寄りの駅(いずれも後述の路線バスに連絡)

路線バス編集

空港編集

最寄りの空港

道路編集

観光ほか編集

 
冷たい肉そば
山形県内唯一で、しかも入園料無料の動物園。約30種類の動物をいつでも見ることができる。

出身有名人編集

脚注編集

  1. ^ 弘治年間中条長昌が創建したとされる。
  2. ^ 大江氏説、安倍氏 (奥州)説、中条氏説がありはっきりしない。

関連項目編集

外部リンク編集