河合 伸一(かわい しんいち、1932年6月11日 - )は、日本の弁護士最高裁判所判事

概要編集

いったん裁判官になったが家庭の事情で弁護士に[1]。関西では経済通として知られた弁護士[2]阪神タイガースランディー・バースの契約問題やイトマン事件にも関わった[2]。弁護士業務のポリシーとして「依頼者と共に苦しんだり悩んだりして、司法の分野では社会と一番密着できる。記録の中から、当事者の姿が見える仕事ができれば」と語った[2]。尊敬する人物として、アメリカの法事情に精通した田辺公二の名前を挙げる[2]

1994年7月に最高裁判事に就任[1]。死刑確定者が新聞に死刑制度反対の投稿をしようとした際に東京拘置所長不許可にしたのは違法と損害賠償を求めた訴訟で最高裁小法廷は「監獄法に規定された拘置所長の裁量」と適法とする中で、河合は「所長が具体的判断をしたかどうかの立証がない」として反対意見を表明した[3]

2002年6月に定年退官。

脚注編集

  1. ^ a b 野村二郎「日本の裁判史を読む事典」(自由国民社)106頁
  2. ^ a b c d 長嶺超輝「サイコーですか? 最高裁!」(光文社)320頁
  3. ^ 野村二郎「日本の裁判史を読む事典」(自由国民社)107頁