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河越 重房(かわごえ しげふさ)は平安時代末期の武蔵国入間郡河越館武将河越重頼の嫡男。姉妹に源義経正室である郷御前がいる。

 
河越重房
時代 平安時代末期
生誕 仁安4年(1169年)?
死没 文治元年11月12日1185年12月5日
別名 小太郎(通称)
氏族 桓武平氏良文秩父氏河越氏
父母 父:河越重頼
兄弟 郷御前重房重時重員下河辺政義
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経歴編集

寿永3年(1184年)1月の源義仲追討で、父・河越重頼と共に源範頼・源義経の軍に属して京都に上る。都に入ると範頼・義経・重頼・重房他数騎で後白河法皇が幽閉されていた六条殿に駆けつけ、仙洞御所の警護にあたる。『源平盛衰記』ではこの時16歳とされ、300騎を率いて義仲勢を相手に奮戦。義経と共に法皇の前で名乗りを上げている。

文治元年(1185年)、源頼朝と源義経が対立し、義経が後白河法皇から頼朝追討の宣旨を受けると、義経の舅にあたる父・重頼も頼朝から敵対視されるようになった。同年10月23日、重房は義経の縁戚である事を理由に、鎌倉での勝長寿院本堂落慶供養の随兵から外される。同年11月12日、重頼は所領を没収され、間もなく重房と共に誅殺された。

逸話編集

平家物語』では一ノ谷の戦い平経正を討取り、平知盛が逃がした名馬・井上黒(河越黒)をとらえて後白河院に献上する活躍を見せる。平家滅亡後、義経から捕虜となった平宗盛の子・8歳の副将丸を預かり、処刑するにあたって涙する場面が描かれている。

関連項目編集