法明院(ほうみょういん)は、滋賀県大津市にある天台寺門宗の寺院。園城寺三井寺)北院にある子院である。園城寺唯一の律院。本尊阿弥陀如来

法明院
所在地 滋賀県大津市園城寺町246
山号 唐土山
宗派 天台寺門宗
寺格 子院
本尊 阿弥陀如来坐像
創建年 不詳
中興年 文政年間(1818年 - 1831年
中興 智遠敬長
別称 律院
文化財 紙本墨画山水図 円山応挙筆、紙本墨画幽居図 池大雅筆(大津市指定有形文化財)
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歴史編集

そもそもの創建年代は不明であるが、慶長8年(1603年)に山中長俊園城寺子院・多宝坊の住持の隠居所として、現・水観寺の南西に復興する。

享保9年(1724年)9月、初代となる義瑞性慶によって北院の現在地に移転される。この地は円珍が帰国後に青龍寺の戒壇から持ち帰った砂を埋めた場所であるという。再興後は園城寺唯一の律院「園城之律院」となる。

明和3年(1766年)、話し合いの末に京都北白川にあった聖護院門跡の隠居所・照高院から玄関と庫裏を貰い受け、もともとあった庫裏に付け加えて改築している。

その後、廃れたが文政年間(1818年 - 1831年)に第6世智遠敬長が中興する。

かつては当院の周りにも園城寺の他の子院があったが、1873年明治6年)に陸軍によって北院の大部分が接収されてしまい、当院の他には新羅善神堂が残るのみとなった。

第9世順道敬徳(桜井敬徳)は町田久成アーネスト・フェノロサウィリアム・スタージス・ビゲロー岡倉天心などと親交を深め、彼らに戒を授けている。第10世融照敬円(園城寺長吏、円満院門跡、聖護院門跡)はフェノロサの妻メアリーに戒を授けている。

1945年昭和20年)の太平洋戦争中にアメリカ軍の空襲を受け、庭に爆弾を落とされている。それによって玄関が損壊し、円山応挙などの襖絵が10枚ほど損失した。

境内編集

 
フェノロサ墓

文化財編集

大津市指定有形文化財編集

参考文献編集

関連項目編集