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津久見市

日本の大分県の市

津久見市(つくみし)は、大分県の東海岸に位置するである。大分県の市の中では、最も人口が少ないが、面積が狭いため人口密度は、別府市大分市に次いで3番目に高い。町と島を含めると、別府市、大分市、日出町姫島村に次いで5番目。

つくみし
津久見市
宗麟公園
宗麟公園
Flag of Tsukumi Oita.JPG Symbol of Tsukumi Oita.svg
津久見市旗 津久見市章
1949年4月1日制定
日本の旗 日本
地方 九州地方
都道府県 大分県
団体コード 44207-1
法人番号 1000020442071
面積 79.48km2
総人口 16,952[編集]
推計人口、2018年4月1日)
人口密度 213人/km2
隣接自治体 佐伯市臼杵市
市の木 ウバメガシ
市の花 タチバナ
津久見市役所
市長 川野幸男
所在地 879-2435
大分県津久見市宮本町20番15号
北緯33度4分19.8秒東経131度51分40.5秒座標: 北緯33度4分19.8秒 東経131度51分40.5秒
Tsukumi city hall.JPG
外部リンク 津久見市公式サイト

津久見市位置図

― 市 / ― 町・村

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保戸島
保戸島山頂より

目次

地理編集

大分県の県庁所在地である大分市から南東約30キロメートルの場所に位置する。東側は豊後水道に面して、豊後水道の一角を占める津久見湾を三方から囲む形となっており、湾の南側にある四浦半島の北半分と、北側にある長目半島の南半分を市域に含む。また、豊後水道上の保戸島地無垢島沖無垢島をも市域としている。

隣接する自治体編集

地名編集

津久見市市制当初は13の大字からなっていた。

  • 千怒、津久見、津久見浦、八戸(以上、旧津久見町)
  • 上青江、下青江(以上、旧青江町)
  • 網代、日見(以上、旧日代村)
  • 堅浦、徳浦、長目(以上、旧下浦村)
  • 四浦(旧四浦村)
  • 保戸島(旧保戸島村)

1967年から1968年にかけて住居表示が実施され、現在に至る。

  • 小園町、志手町、新町、地蔵町、セメント町、港町、元町(以上、1967年に下青江より発足)
  • 井無田町、入船西町、入船東町、岩屋町、大友町、上宮本町、高洲町、中央町、宮本町(以上、1967年に津久見浦より発足)
  • 岡町、中町(以上、1968年に上青江・下青江より発足)
  • 門前町(1968年に下青江より発足)
  • 立花町、中田町、文京町(以上、1968年に津久見・津久見浦より発足)
  • 合ノ元町、徳浦本町、徳浦宮町(以上、1968年に徳浦より発足)

歴史編集

キリシタン大名として知られた大友義鎮(宗麟)の終焉の地である。

近現代編集

江戸時代、北部は臼杵領、南部は佐伯藩領だった。

  • 1873年(明治8年) - 以下の町村が成立。
    • 長目村 ← 長目村、浦代村
    • 下青江村 ← 松崎村、志手村、警固屋村、岡村、門前村、道籠村、小園村、井無田村
    • 上青江村 ← 長野村、迫口村、平岩村、道尾村、蔵富村、赤木村、塩籠村、原村、鬼丸村、葛畑村、松川村、奥河内村
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、現在の市域にあたる以下の町村が発足。
    • 北海部郡津組村・青江村・下浦村・日代村・四保戸村
      • 津組村 ← 八戸村、津久見村、津久見浦、千怒村
      • 青江村 ← 下青江村、上青江村
      • 下浦村 ← 長目村、堅浦村、徳浦村
      • 日代村 ← 日見浦、網代浦
      • 四保戸村 ← 四浦、保戸島
  • 1892年(明治25年)10月28日 - 四保戸村が四浦村・保戸島村に分割される。
  • 1921年(大正10年)1月1日 - 津組村が町制施行し津久見町となる。
  • 1928年(昭和3年)4月1日 - 青江村が町制施行し青江町となる。
  • 1933年(昭和8年)4月1日 - 津久見町・青江町・下浦村が新設合併し津久見町(新町制)となる。
  • 1951年(昭和26年)4月1日 - 津久見町・日代村・四浦村・保戸島村が新設合併、市制施行し津久見市となる。

市政編集

市長編集

市長: 川野幸男2015年12月26日就任、1期目)

平成の大合併編集

隣接する臼杵市とは、もともと同じ北海部郡に属すとともに、市民生活や文化面での結びつきがあり、2000年12月に大分県が合併推進要綱県で提示した合併パターンでは、津久見市と臼杵市の合併が示されていた[1][2]

津久見市と臼杵市は2001年に合併協議を開始したが[3]、臼杵市は、大野郡内での合併協議から離脱した野津町との合併協議会を立ち上げ、2005年1月1日に野津町と対等合併し、新しい「臼杵市」となった。津久見市は、他町にも合併協議を呼び掛けたが断られた[3]

津久見市は、野津町との合併後の臼杵市と2007年7月に臼杵市・津久見市任意合併協議会を設立したが[4]、協議は中断し、協議会は休止したまま[1]、2015年3月31日に解散した。

国政・県政編集

国政編集

衆議院小選挙区選挙では、大分2区に属する。直近の第47回衆議院議員総選挙2014年12月)での選出議員は以下のとおり。

なお、吉川元社会民主党)が比例で復活当選している。

県政編集

大分県議会議員選挙では、本市でひとつの選挙区をなす。定数は1人。直近の第18回統一地方選挙2015年4月)での選出議員は以下のとおり[5][6]

  • 古手川正治(自由民主党)

警察編集

  • 臼杵津久見警察署
    • 幹部交番
      • 津久見幹部交番(中央町)
    • 駐在所
      • 上青江警察官駐在所(大字上青江)
      • 徳浦警察官駐在所(大字徳浦宮町)
      • 保戸島警察官駐在所(大字保戸島)
      • 四浦警察官駐在所(大字四浦)
      • 日代警察官駐在所(大字網代)

産業編集

 
津久見港と太平洋セメント津久見プラント

津久見市に本社を置く主要企業編集

鉱工業編集

市西部の山地では石灰石の採掘が行われており、良港を有することと相まって、市内では太平洋セメント大分工場津久見プラントが立地するなど、セメント工業が発達している。

農林水産業編集

元大分県知事・平松守彦により提唱された「一村一品運動」により、次のような生産品がある。

一村一品編集

一村一魚編集

  • 津あじ・津さば
  • 保戸島マグロ
  • そうりんひらめ

主な大規模小売店舗・商店街編集

  • マルショク津久見店(約3,300m2
    • 2007年 に高洲店を大規模増床・移転。駅前商店街入口の埋立地。
  • 津久見駅前通り商店街
    • 核店舗の寿屋津久見店は2001年に撤退した。

地域編集

人口編集

 
津久見市と全国の年齢別人口分布(2005年) 津久見市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 津久見市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
津久見市(に相当する地域)の人口の推移
1970年 33,988人
1975年 31,922人
1980年 30,454人
1985年 28,836人
1990年 26,797人
1995年 24,848人
2000年 23,164人
2005年 21,456人
2010年 19,917人
2015年 17,969人
総務省統計局 国勢調査より

教育編集

 
津久見高等学校

高等学校編集

中学校編集

小学校編集

交通編集

最寄り空港は大分空港

鉄道編集

 
津久見駅

道路編集

高速道路編集

国道編集

県道編集

バス編集

一般路線バス
  • 大分バスグループ(大分バス・臼津交通
    • 津久見駅〜臼杵(市浜)
    • 市内
    • 佐伯市〜津久見市

港湾編集

石灰石の移出が大半を占める。これは全国の港湾移出量の4割、総流動量の2割にあたる。
太平洋セメント津久見工場で生産されたセメントの輸出も盛んであり、日本の総輸出量の4割を占める。

定期旅客航路編集

津久見市内
  • 津久見〜保戸島: やま丸(ニューやま2号、マリンスター)
  • 津久見〜無垢島: 市営船(ニューむくしま)

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事編集

 
つくみイルカ島

津久見市出身の有名人編集

津久見市を舞台とした作品編集

脚注編集

外部リンク編集