洪 福源(こう ふくげん、 1206年1258年)は、高麗の軍人。高麗北部の国境を守る軍人だったが、モンゴルの侵攻を受けると、1233年に高麗に背いて即座に降伏した[1]。その後、モンゴルへ逃亡し、モンゴルの高麗侵攻の案内役を果たした[2]。『元史』によると、先祖はから高麗に派遣された8人の才子の一人であり、生粋の高麗人ではなかった[3]

洪福源
各種表記
ハングル 홍 복원
漢字 洪 福源
発音 ホン・ボグォン
日本語読み: こう ふくげん
2000年式
MR式
Hong Bok-won
Hong Pogwŏn
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家族編集

脚注編集

参考文献編集

  • 菊池道人『蒙古襲来』PHP研究所、2000年。ISBN 978-4569574790