洪鈁

中華民国の政治家

洪 鈁(こう ほう、繁体字: 洪鈁; 簡体字: 洪钫; 拼音: Hóng Fāng; ウェード式: Hung Fang、生没年不詳)は、中華民国の政治家。別号は励力満州民族盛京将軍管轄区奉天府(現在の撫順県)の人。

事績編集

1941年民国30年)4月、遼寧省政府主任秘書に任命されたが(省政府主席は万福麟)、当時は満州国が存在していたために同省政府は名目のみであった。1945年(民国34年)10月、洪鈁は松江省政府秘書長に起用された(当時の省政府主席は関吉玉)。1947年(民国36年)11月、関の省政府主席退任の後を受けて暫時代理を翌1948年(民国37年)4月まで務めた(後任は周福成)。同年、行憲国民大会辺境民族代表に選出されている。[1]以後、洪鈁の行方は不明である。

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  1. ^ 劉国銘主編(2005)、1641頁。

参考文献編集

  • 劉国銘主編 『中国国民党百年人物全書』団結出版社、2005年。ISBN 7-80214-039-0 
  • 劉寿林ほか編 『民国職官年表』中華書局、1995年。ISBN 7-101-01320-1 
   中華民国国民政府
先代
関吉玉
松江省政府主席(代理)
1947年11月 - 1948年4月
次代
周福成