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浅草橋

東京にある、神田川にかかる橋
国道6号標識

浅草橋(あさくさばし)は、神田川にかかるで、国道6号江戸通り)を通す国(東京国道事務所)管理の橋である。南岸は中央区東日本橋2丁目及び日本橋馬喰町2丁目、北岸は台東区柳橋1丁目及び浅草橋1丁目。橋北詰の台東区の町名でもある。

目次

歴史編集

かつては木造の橋が架けられ、橋の南詰に江戸城城門浅草橋門が設置されていた。神田川は江戸城の外堀の役割も担っていたため、門の内側には番所が置かれ通行人の監視も行われていた。五街道日光奥州街道が通り、非常に往来の多い橋であった。

明暦の大火の際、牢獄での非常時の罪人解き放ちを「集団脱獄」と勘違いした役人が門を閉めたため、神田日本橋側から浅草の方へ避難しようとしていた一般民衆が逃げ場を失い、2万人以上の犠牲者を出すという惨事もあった。

1873年、木造橋を石橋に架け替え。技術の高さで知られた肥後石工である、橋本勘五郎の施工。 1930年関東大震災後の復興計画により当時の最新技術を駆使して現在の浅草橋が建設された。

現在、浅草橋を通る道路は国道6号に指定されており、交通の要衝を担っている。神田川と墨田川の合流地点に近く水上交通の要衝でもあるため、橋の周辺にはおびただしい数の屋形船が係留されている。

 
浅草見附と神田川


画像編集

隣の橋編集

(上流) - 美倉橋 - 左衛門橋 - 浅草橋 - 柳橋 - (下流)

出身・ゆかりのある人物編集

脚注編集

  1. ^ 『日本紳士録 第40版』東京サの部268頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年7月20日閲覧。

参考文献編集

  • 交詢社編『日本紳士録 第40版』交詢社、1936年。

関連項目編集