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浜浦 徹(はまうら とおる、1952年8月22日 - )は、大分県津久見市出身の元プロ野球選手投手)。

浜浦 徹
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大分県津久見市
生年月日 (1952-08-22) 1952年8月22日(67歳)
身長
体重
178 cm
72 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1970年 ドラフト2位
初出場 1971年
最終出場 1980年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

来歴・人物編集

津久見高では1970年春の選抜にエースとして出場。1回戦で米子東高に完封勝利、しかし2回戦では千葉商の永島時郎(日本通運)、高浦美佐緒のバッテリーに抑えられ惜敗[1]。同年夏の甲子園予選は故障で登板できず、中九州大会決勝で、エース小川清一を擁する大分商に敗退。1学年下のチームメートに橘健治岩井隆之がいた。

同年のドラフト2位でロッテオリオンズに入団。1971年にはジュニアオールスターに出場。1972年春、メジャーリーグサンフランシスコ・ジャイアンツに野球留学した際、ジャイアンツが獲得を申し入れ、フランク・ジョンソンとの交換トレードで、初の日米間の交換トレードとしてジャイアンツに移籍した。アメリカではマイナーリーグの1Aフレスノに所属、奪三振王に輝き2年連続で10勝した。その後は1974年太平洋クラブライオンズへ移籍し、日本球界に復帰した。速球に威力があり先発陣の一角として起用され、同年の日米野球では太平洋・巨人連合チームの一員として試合に出場。11月16日の第15戦(平和台)に3番手で登板し、ニューヨーク・メッツを相手に見事勝利投手となった。制球力に課題があり伸び悩む。1981年にロッテに移籍してこの年限りで現役引退。右オーバースローからのストレート、カーブ、スライダー、チェンジアップを武器とした。

詳細情報編集

年度別投手成績編集





















































W
H
I
P
1971 ロッテ 1 0 0 0 0 0 0 -- -- ---- 6 1.0 2 0 1 0 0 1 0 0 1 1 9.00 3.00
1974 太平洋
クラウン
西武
20 7 1 0 0 4 2 0 -- .667 352 84.1 61 9 42 1 4 63 2 1 35 32 3.43 1.22
1975 28 12 2 0 0 2 8 0 -- .200 520 114.1 120 19 62 0 5 57 1 1 67 63 4.97 1.59
1976 22 14 1 0 0 4 7 1 -- .364 372 81.2 97 8 34 0 5 32 4 1 63 60 6.59 1.60
1977 14 2 0 0 0 0 2 0 -- .000 163 37.0 43 3 20 0 1 19 2 0 21 20 4.86 1.70
1978 10 7 0 0 0 1 3 0 -- .250 127 26.0 36 4 16 0 0 11 1 0 25 19 6.58 2.00
1979 6 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 57 12.0 12 6 7 0 0 9 0 0 14 11 8.25 1.58
1980 2 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 17 3.0 5 0 1 0 2 0 0 0 4 4 12.00 2.00
通算:8年 103 42 4 0 0 11 22 1 -- .333 1614 359.1 376 49 183 1 17 192 10 3 230 210 5.26 1.56
  • 各年度の太字はリーグ最高
  • 太平洋(太平洋クラブライオンズ)は、1977年にクラウン(クラウンライターライオンズ)に、1979年に西武(西武ライオンズ)に球団名を変更

背番号編集

  • 14 (1971年)
  • 19 (1974年 - 1977年)
  • 13 (1978年 - 1981年)

脚注編集

  1. ^ 「選抜高等学校野球大会60年史」毎日新聞社編 1989年

関連項目編集

外部リンク編集