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松島湾の湾口部の空撮。写真中央部に見えるのが浦戸諸島。(2009年10月)
宮戸島の大高森から浦戸諸島方面の眺望。松島四大観のひとつで「壮観」と呼ばれる。

浦戸諸島(うらとしょとう)は、宮城県松島湾の湾口部にある島嶼群である。松島湾南部の七ヶ浜と松島湾東部の宮戸島の中間に位置し、桂島(かつらしま、地図)、野々島(ののしま、地図)、寒風沢島(さぶさわじま、地図)、朴島(ほうじま、地図)の有人島と、馬放島、大森島など多くの無人島からなる。ほとんど島々は塩竈市に属するが、諸島西端の馬放島、地蔵島などは宮城郡七ヶ浜町に属する。松島浦の戸口にあることから、浦戸と呼ばれた[1]

目次

桂島編集

面積0.76平方キロメートル、人口約170人[2]。浦戸諸島の有人島の中で、最も塩竈市中心部に近い。島名の由来は、江戸時代に河合曾良が松島湾に浮かぶ島と月を見て「月桂冠の如し」と詠んだところからとも、鹽竈神社嘉津良比祭と関係があるとも言われている。

島の西側の桂島、東側の石浜のあわせて2つの集落があり、浦戸諸島の中では最も人口が多い。諸島の中で民宿の多くは桂島にあり、島民が雨乞いをしたという「雨降り石」などの名所もある[3]。石浜には諸島で唯一の郵便局である浦戸郵便局がある。

島の中央部に桂島貝塚と呼ばれる縄文時代前期、中期を主とする貝塚があり、これは塩竈市内の遺跡の中でも規模の大きなものである[4][5]。明治時代には木村満平や白石廣造がここで回漕業を始め、またラッコ漁やオットセイ漁の拠点ともなって賑わった。しかし、船舶の大型化に対応できず、海運の拠点としては衰退した[4]。白石廣造の邸宅跡は現在も残る[3]

毎年8月13日には夏祭り・花火大会が開催される。

野々島編集

面積0.56平方キロメートル、人口約70人[6]。島名については、島内の熊野神社にある承応年代(17世紀中頃)の鐘には「布島」と表記されている。また、江戸時代の地誌『奥羽観蹟聞老志』には「納囊島」とある[4]

塩竈市の出先機関である浦戸諸島開発総合センター(別名:ブルーセンター)、宮城県漁業協同組合塩釜市浦戸支所、浦戸診療所、諸島で唯一の学校である浦戸第二小学校、浦戸中学校があり、浦戸諸島の行政・生活の事実上の中心である。また、島のいたるところに洞窟野仏があり、夜鳴き地蔵、「椿のトンネル」などの名所がある[6]

毎年8月14日には野々島納涼盆踊り花火大会が開催される。

寒風沢島編集

面積1.45平方キロメートル、人口約100人[7]。浦戸諸島最大の島である。寒風沢水道を隔てて野々島と、鰐ヶ淵水道を隔てて宮戸島と、東西を両島に挟まれるような形になっている。江戸期の文人である大田南畝の書いた随筆[8]には「寒澤島」とある。いつしか島名に「風」の一字が付け加わったと伝わる[4]

野々島と面する島の西側に集落が広がり、宮城県漁業協同組合塩釜市浦戸東部支所がある。島内には水田が広がり、農業に従事している人も多い。自給自足を実現している島といわれる[9]。寒風沢島と野々島の間では無料の渡し舟が運航されており、詰所の人に頼むか、無人の場合は鐘を鳴らすと運航する。

江戸時代に寒風沢島は風待港、積替港として繁栄した。幕府がこの島に蔵を建て、伊達郡などの年貢米がいったんここへ集められ、千石船に積み替えられて江戸へ運ばれた[4]。寒風沢島には船乗りを相手にした遊郭が作られ、客を放したくない為に荒天を祈る遊女の想いが込められた「しばり地蔵」が名所となっている。また、江戸時代後期、日本人として初めて世界一周を果たした4名のうちの津太夫と左平の出身地はここである。幕末には、仙台藩初の西洋式軍艦「開成丸」がここで建造され、記念碑である「造艦の碑」が建つ[7]戊辰戦争では、江戸を脱出した榎本武揚の幕府艦隊が一時ここに投錨した。

朴島編集

面積0.15平方キロメートル、人口約20人[10]。塩竈市中心部から見て最も奥に位置する有人島であり、最も小さな有人島でもある。島名の由来は、鳳凰が住んでいたからとも、烽火(狼煙)場があったからとも、仙台藩にまつわる宝島伝説があるからとも言われている[10]

純粋な仙台白菜の種を採るために島中で菜の花が栽培されており、毎年ゴールデンウィークの時期になると、見事な花が島全体を覆い尽くす[10]。この菜の花は食用としても全国に出荷されている島の特産品である。また、島内にはタブノキ原生林がある[10]。朴島の周囲にある大森島、鷺島、味噌玉島、烏帽子島などの無人島群は烏帽子列島と呼ばれている。

島々の生活編集

  • 学校 - 野々島に浦戸第二小学校および浦戸中学校がある。かつては、桂島に旧浦戸第二小学校、寒風沢島に旧浦戸第一小学校があった。統合されて野々島に移転したが、浦戸諸島唯一の小学校にもかかわらず浦戸第二小学校である。
  • 商店 - 桂島、野々島、寒風沢島にある。その他、移動販売船が日によって島々を巡回している[11]
  • 郵便局 - 桂島の石浜に浦戸郵便局があり、ATMが設置されている。郵便物や荷物の集配業務は、併設の郵便事業仙台東支店浦戸集配センターが担当する。
  • 医療 - 野々島に浦戸診療所がある。急患は、塩釜地区消防事務組合消防本部の消防艇「さくら」により搬送される。
  • 電話 - 本土と同様に使える。NTT東日本宮城支店塩釜ビルから野々島の浦戸無線中継所(浦戸収容局)まで無線伝送し、そこから有線回線で4島にサービスしている。市内局番は369-2xxx(ISDN専用局番は361-2xxx)となる。携帯電話については、桂島に基地局があり、ほぼ全島で良好に電波を受信できる。
  • 放送 - 宮城県で放送されている全てのテレビ・ラジオ放送局の電波が問題なく受信できる。
  • 民宿 - 桂島の桂島地区に民宿8軒ペンション2軒、桂島の石浜地区に民宿4軒、寒風沢島に民宿6軒。

交通編集

塩釜港と各島の間を、塩竈市営汽船が1日6、7往復、運航している。運行経路は、塩竈観光桟橋(マリンゲート塩釜)、桂島、野々島、石浜(桂島の東側)、寒風沢島、朴島である。運航船舶は「しおじ(64トン)」の鋼船1隻と、「うらと(19トン)」、「しおね(19トン)」のFRP船2隻である[12]。いずれも貨客船で旅客も貨物も扱っているが、船舶により積載量が異なることから、テレビ受像機冷蔵庫、大型漁具等の大型荷物の輸送については、事前の問い合わせが必要である[13]

塩竈市営汽船の他に、桂島 - 野々島間、野々島 - 寒風沢島間には無料の渡船がある。日中に船員が詰めており、旗や電話による合図を受けて利用できる。また、水上タクシー「あっしぃ~君」「八千代丸」があり、電話連絡の上、随時利用できる。

脚注編集

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  1. ^ 特集 夏の島じかん(1)(塩竈市)
  2. ^ 浦戸諸島/桂島”(塩竈市)2019年6月29日閲覧。
  3. ^ a b 浦戸諸島/石浜”(塩竈市)2019年6月29日閲覧。
  4. ^ a b c d e 『宮城県の地名』(日本歴史地名大系第4巻)367頁。
  5. ^ 第3章 桂島(桂島貝塚)の確認調査 (PDF) (塩竈市)2019年6月29日閲覧。
  6. ^ a b 浦戸諸島/野々島”(塩竈市)2019年6月29日閲覧。
  7. ^ a b 浦戸諸島/寒風沢島”(塩竈市)2019年6月29日閲覧。
  8. ^ 大田南畝「半日閑話」吉川弘文館(日本随筆大成 巻4)、1927年、287頁。同書には、「江戸期に、寒澤島に漂着した額板を寒澤寺の額板とした故事」が記載されている。漂着した額版には署書体で「説好話・読好書・倣好人・行好事・漢壽亭侯関羽之書」と書かれている。
  9. ^ 斎藤潤『日本島旅紀行』より。
  10. ^ a b c d 浦戸諸島/朴島”(塩竈市)2019年6月29日閲覧。
  11. ^ BS日テレ島旅」より。
  12. ^ 乗船のご案内”(塩竈市営汽船)2019年6月30日閲覧。
  13. ^ 各種割引制度 / 定期券 / 貨物”(塩竈市営汽船)2019年6月30日閲覧。

参考文献編集

  • 平凡社地方資料センター 『宮城県の地名』(日本歴史地名大系第4巻) 平凡社、1987年。

関連項目編集

外部リンク編集