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浦風(うらかぜ)は、日本海軍の駆逐艦[3]浦風型駆逐艦[16]1番艦[注釈 3]。艦名は「浦辺に吹く風」の意味[18]。艦名は、陽炎型駆逐艦浦風」に引継がれた[19]

浦風
1930年頃、漢口の「浦風」[1]
1930年頃、漢口の「浦風」[1]
基本情報
建造所 ヤーロー[2]
運用者  大日本帝国海軍
艦種 一等駆逐艦[3]
母港 横須賀[4]
艦歴
発注 1912年12月27日契約[5][6]
起工 1913年10月1日[2]
進水 1915年2月16日[2][7]
竣工 1915年9月14日[2]
除籍 1936年7月1日[8]
その後 1948年5月27日-8月15日解体[9]
要目(竣工時)
基準排水量 公表値 810トン[2]
常備排水量 公表値 907トン[2]
公試時 950トン[10]
1920年時 955トン[4]
全長 87.6m[11]
水線長 86.67m[11]
垂線間長 275 ft 3 in (83.90 m)[4]
最大幅 公表値 8.41m[2]
1920年時 27 ft 6+3/4 in (8.40 m)[4]
8.6m[要出典]
吃水 公表値 2.44m[2]
1920年時 9 ft 6 in (2.90 m)[4]
ボイラー ヤーロー式缶(過熱器付[12]) 3基[4]
主機 ブラウン・カーチス式直結タービン 2基[12]
減速ギア連結巡航タービン2基(竣工後設置)[12]
推進 2軸[4] x 650rpm[13]
直径 7 ft 0 in (2.13 m)[10]
ピッチ 6 ft 8 in (2.03 m)[10]
出力

計画 22,000馬力[4][13]

公試全力 21,815馬力[10]、または 21,151馬力[14]
速力 計画 28ノット[2][4][13] または30ノット[注釈 1]
公試成績 30.26ノット[10]、または 30.25ノット[14]
燃料 重油170トン[4] + 仮設タンク78トン[15]
航続距離 3,450カイリ / 11ノット(経済速力)[注釈 2]
2,500カイリ / 15ノット[注釈 2]
または 1,800カイリ / 15ノット[16]
乗員 竣工時定員 115名[17]
兵装 40口径安式12cm単装砲 1門[4]
40口径四一式8cm単装砲 4門[4]
53cm連装発射管 2基4門(竣工後装備[16])[11]
搭載艇 4隻[4]
トンは英トン
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目次

艦歴編集

仮称艦名「第35号駆逐艦」[20][21]1912年(大正1年)12月27日にヤーロー社と製造契約を結び[5][6]1913年(大正2年)10月1日起工した[2]1914年(大正3年)9月12日に「浦風」と命名され[20]、同年12月6日一等駆逐艦に登録された[3]1915年(大正4年)2月16日午後1時50分進水[2][7]、同年9月14日竣工[2]。第一次世界大戦の最中の竣工であり、大砲は日本より輸送して取り付け、弾薬はアームストロング社と交渉して購入、魚雷発射管は取り付けられていなかった[22]

9月15日ヤーロー社の係船池を離れ、同日グリーノック港に停泊[23]、重油タンク満載(248トン)の他に缶入りで50トンを上甲板に積み、計298トンを搭載して[24]、翌16日午後に出港しジブラルタルに向かった[25]ドイツ潜水艦の危険を避けるために終始20ノットで航行し[26]、潜水艦の脅威が去った後も、重油は寄港地ごとに準備されており消費量が予想より少なかったことと、将来の重油燃料艦のための実験として、一部を除いて終始20ノットで航海した[27]。19日夕方ジブラルタルに入港し重油を搭載[28]、以降各地で重油を搭載する。ジブラルタルを21日出港、マルタ島・バレッタ港に23日入港[29]、24日出港、ポートサイド26日入港[30]、直ちにスエズ運河に入り翌27日に運河を抜けてスエズ港に入港した[31]。28日出港しアデン10月1日入港[32]、4日出港、7日には重油漉器が詰まり約1時間漂泊したが、他に問題はなかった[33]。ボンベイ(現ムンバイ)に7日入港[33]、11日出港[34]、13日コロンボ入港、当日出港し17日シンガポール入港[35]翌18日出港、航行中に燃料消費試験を行い[36]、22日には低気圧の強風により12ノットから15ノットに減速、動揺が30度に達し、後部マストが折れた[37]。同日香港着、マストを応急修理し[37]翌23日出港[38]、27日横須賀港に到着した[39]

横須賀では魚雷発射管搭載などの残工事を行ったが、11月4日の特別観艦式のため工事を前後2回に分けた[40]

12月1日第16駆逐隊(海風・山風で編成)に追加され[41]、この時の第16駆逐隊は連合艦隊第1艦隊第1水雷戦隊に所属していた[42]。連合艦隊は同月13日に編成を解かれ、第16駆逐隊は第2艦隊第2水雷戦隊に新たに所属した[42]

1916年(大正5年)9月26日に巡航タービン装備の訓令が横須賀鎮守府宛に出され[43]、実際には1918年(大正7年)に搭載された[44]1919年(大正8年)2月に巡航タービン新造公試運転成績表が提出されている[45]

また1916年12月5日から翌1917年(大正6年)6月5日まで横須賀海軍工廠で機関室通風装置其他新設の工事を行った[46]。その間1917年4月1日に第16駆逐隊を離脱した[41]

1926年(大正15年)12月1日から第1遣外艦隊に所属[47]揚子江方面の警備に従事した[8]1933年(昭和8年)5月20日、第3艦隊が常設艦隊として編成され[48]、本艦は第3艦隊第11戦隊の所属となった[48]

1936年(昭和11年)7月1日除籍[8]、同日横須賀海兵団に引渡され[49]、練習船として使用された[8]1940年(昭和15年)4月1日「廃駆逐艦第18号」と仮称、1945年(昭和20年)7月18日の空襲で被弾着底し[8]1948年(昭和23年)5月27日から8月15日に浦賀船渠で解体された[9]。また『日本海軍全艦艇史』では同年9月9日に振東鉄工により浮揚、解体とある[8]

艦長編集

※『日本海軍史』第9巻・第10巻の「将官履歴」及び『官報』に基づく。階級は就任時のもの。

駆逐艦長
  • 山崎正策 中佐:1915年2月5日[50] - 1916年6月8日
兼海軍艦政本部艤装員(1915年2月5日[50] - 1915年9月14日)
  • 野村与一 少佐:1916年6月8日 - 1916年12月1日
  • 大島衛義 少佐:1916年12月1日 - 1917年12月1日[51]
  • 高木平次 少佐:1917年12月1日[51] - 1918年12月1日[52]
  • 岩城茂身 少佐:1918年12月1日[52] - 1919年4月1日[53]
  • (心得)岩城茂身 少佐:1919年4月1日[53] - 1919年9月8日[54]
  • (心得)田尻敏郎 少佐:1919年9月8日 - 1919年12月1日
  • (心得)中村有年 少佐:1919年12月1日[55] - 1920年7月1日[56]
  • (心得)江口喜八 少佐:1920年7月1日[56] - 1920年12月1日[57]
  • (心得)山下兼満 少佐:1920年12月1日 - 1921年12月1日
  • 北川清 中佐:1921年12月1日 - 1922年8月10日
  • (心得)渋谷荘司 少佐:1922年8月10日[58] - 1922年11月10日[59]
  • (心得)倉田七郎 少佐:1922年11月10日[59] - 1923年6月1日[60]
  • (心得)郷田喜一郎 少佐:1923年6月1日[60] - 1924年12月1日[61]
  • 柏木英 少佐:1924年12月1日 - 1925年12月1日
  • 五藤存知 少佐:1925年12月1日 - 1927年12月1日
  • 栗田健男 中佐:1927年12月1日 - 1928年12月10日
  • 西村祥治 少佐:1928年12月10日 - 1929年11月1日
  • 畠山耕一郎 少佐:1929年11月1日 - 1930年11月1日
  • 浜屋七平 少佐:1930年11月1日[62] - 1932年1月11日[63]
  • 江口松郎 少佐:1932年1月11日 - 1932年11月15日
  • 宮沢不二彦 少佐:1932年11月15日[64] - 1934年4月20日[65]
  • 福吉保夫 中佐:1934年4月20日[65] - 1935年1月15日
  • 渓口豪介 中佐:1935年1月15日[66] - 1935年10月31日[67]
  • 牟田口格郎 少佐:1935年10月31日 - 1936年7月1日

公試成績編集

実施日 種類 排水量 回転数 出力 速力 場所 備考 出典
1915年7月27日 公試全力 950トン 694rpm 21,815馬力 30.26ノット [10]
1915年7月頃 公試全力 694rpm 21,511馬力 30.25ノット 標柱間試験 [14]
1915年7月頃 公試全力 約1,029トン 690rpm 21,267馬力 30.125ノット 4時間続航試験 [14]

同型艦編集

浦風 [I] - 江風 [I]

脚注編集

注釈編集

  1. ^ #海軍造船技術概要p.381では「22,000馬力、30節ノ計画デアッタ」とあり、昭和造船史など多くの書籍でこれを採用する。
  2. ^ a b #T7公文備考22/付属換(2)画像37。但しイギリスでの公試と日本回航中の試験成績から軸馬力、回転数、重油消費量曲線(グラフ、同画像42-43)を作成し、重油満載量250トンとして航続距離を計算(同画像36-37)。
  3. ^ ただし2番艦「江風」が建造中にイタリアに譲渡され、日本海軍内で同型艦が無くなったため、1926年に類別等級で駆逐艦の艦型(艦級、クラスに相当)が決められた時も浦風型は制定されなかった(#海軍制度沿革8(1971)pp.88-92、大正15年11月29日附内令第238号、艦艇類別等級表。種別:駆逐艦、等級:一等、艦(艇)型:(空白)、艦艇名:浦風。)

出典編集

  1. ^ #艦艇写真集2005駆逐艦p.11
  2. ^ a b c d e f g h i j k l #海軍制度沿革11-2(1972)pp.1068-1069、昭和3年2月14日(内令43)、艦船要目公表範囲。
  3. ^ a b c #海軍制度沿革8(1971)p.75『大正三年十二月六日(達一八〇) 艦艇類別等級別表中戦艦ノ部「扶桑」ノ次ニ「、山城、伊勢、日向」ヲ、巡洋戦艦ノ部「金剛」ノ次ニ「、榛名、霧島」ヲ、驅逐艦ノ部「山風」ノ次ニ「、浦風、江風」ヲ、「橘」ノ次ニ「、樺、桂、榊、楓、梅、楠、柏、松、桐、杉」ヲ加フ』
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m #戦史叢書31海軍軍戦備1付表第一その二「大正九年三月調艦艇要目等一覧表 その二 駆逐艦」
  5. ^ a b #T3公文備考15/ヤロー内火式駆逐艦関係(3)画像45『一七.十二月廿七日契約調印ヲ了ル依リテ右ノ電ヲ著ス ”本日耶社駆逐艦契約調印ズミ”』
  6. ^ a b #軍艦建造交渉/英国3/5.駆逐艦江風浦風画像5、大正2年機密送第6号
  7. ^ a b #T7公文備考20/駆逐艦浦風、江風、製造(1)画像33『大正四年二月十六日倫敦局發(中略)二月十六日午後一時五十分浦風進水式滞ナク済ム右報告ス (了)』
  8. ^ a b c d e f 中川努「主要艦艇艦歴表」#日本海軍全艦艇史資料篇p.12
  9. ^ a b #終戦と帝国艦艇2011資料2、運輸省海運総局掃海管船部管船課『日本海軍終戦時残存(内地)艦艇処分状況』(1948年3月20日現在)p.27
  10. ^ a b c d e f #T7公文備考22/付属換(2)画像8
  11. ^ a b c #昭和造船史1pp.788-789、6.駆逐艦及び水雷艇要目表
  12. ^ a b c #帝国海軍機関史下巻p.485(四一三頁)
  13. ^ a b c #T7公文備考22/付属換(2)画像9
  14. ^ a b c d #T4公文備考44/試験(1)画像34-35、ロンドン発、大正4年7月29日外務省着の電報『豫定ノ如ク浦風公試発射公試運転修了 結果左ノ如シ、(以下略)』
  15. ^ #T7公文備考22/付属換(2)画像21
  16. ^ a b c #日本駆逐艦史2012p.48
  17. ^ #海軍制度沿革10-1(1972)p.529、大正4年1月23日内令第15号『海軍定員令中左ノ通改正セラル 別表「一等驅逐艦定員表」ノ下ニ「其一」ヲ加フ 別表中ヘ附表ノ通一等驅逐艦定員表其二ヲ加フ | 艦第十九表ノ二 || 一等驅逐艦定員表 其二 || 驅逐艦名 | 浦風、江風 || (詳細、計、備考略) |』。將校同相當官6人、兵曹長同相當官・准士官3人、下士29人、卒77人。
  18. ^ #日本海軍艦船名考p.202
  19. ^ #達昭和14年11月画像10 『達第百九十號 艦艇製造費ヲ以テ昭和十三年度及同十四年度ニ於テ建造ニ着手ノ海防艦一隻及驅逐艦一隻ニ左ノ通命名ス 昭和十四年十一月六日 海軍大臣 吉田善吾 株式會社玉造船所ニ於テ建造 海防艦 占守(シムシュ) 株式會社藤永田造船所ニ於テ建造 驅逐艦 浦風(ウラカゼ)』
  20. ^ a b #海軍制度沿革8(1971)p.327『大正三年九月十二日(達一三七) 軍備補充費ヲ以テ英國耶社ニ於テ製造中ノ第三十五號第三十六號驅逐艦ニ左ノ通命名ス 第三十五號驅逐艦 浦風ウラカセ 第三十六號驅逐艦 江風カワカセ』
  21. ^ #日本駆逐艦物語p.284
  22. ^ #T4公文備考58/浦風回航記事(1)画像42
  23. ^ #T4公文備考58/浦風回航記事(1)画像46-47
  24. ^ #T4公文備考58/浦風回航記事(1)画像43,47
  25. ^ #T4公文備考58/浦風回航記事(1)画像47-48
  26. ^ #T4公文備考58/浦風回航記事(1)画像45
  27. ^ #T4公文備考58/浦風回航記事(1)画像44-46
  28. ^ #T4公文備考58/浦風回航記事(1)画像48-49
  29. ^ #T4公文備考58/浦風回航記事(2)画像1
  30. ^ #T4公文備考58/浦風回航記事(2)画像4
  31. ^ #T4公文備考58/浦風回航記事(2)画像5
  32. ^ #T4公文備考58/浦風回航記事(2)画像6-7
  33. ^ a b #T4公文備考58/浦風回航記事(2)画像10
  34. ^ #T4公文備考58/浦風回航記事(2)画像14
  35. ^ #T4公文備考58/浦風回航記事(2)画像15
  36. ^ #T4公文備考58/浦風回航記事(2)画像16
  37. ^ a b #T4公文備考58/浦風回航記事(2)画像17
  38. ^ #T4公文備考58/浦風回航記事(2)画像18
  39. ^ #T4公文備考58/浦風回航記事(2)画像19
  40. ^ #T4公文備考58/浦風回航記事(2)画像19-20
  41. ^ a b #海軍制度沿革4-1(1971)pp.73-75
  42. ^ a b #海軍制度沿革4-1(1971)pp.25-27
  43. ^ #T5公文備考26/装備、備付画像37-38、官房第2895号、1916年(大正5年)9月26日『横鎮長官宛 驅逐艦浦風ヘ巡航「タルビン」装備の件(以下略)』
  44. ^ #日本駆逐艦史2012p.49
  45. ^ #T8公文備考20/試験(1)画像19
  46. ^ #横須賀海軍工廠史2p.454
  47. ^ #海軍制度沿革4-1(1971)pp.42-43
  48. ^ a b #海軍制度沿革4-1(1971)pp.52-53
  49. ^ #S11公文備考F8/除籍艦船廃艦処分に関する件画像2『浦風機密第七〇號 昭和十一年七月一日 浦風駆逐艦長 海軍大臣殿 舊駆逐艦引渡ノ件報告 本艦五月十四日附軍務一機密第一七二號ニ依リ本日横須賀海兵團長ニ引渡候』
  50. ^ a b 海軍辞令公報 大正4年2月』 アジア歴史資料センター Ref.C13072070900 
  51. ^ a b 『官報』第1601号、大正6年12月3日。
  52. ^ a b 『官報』第1900号、大正7年12月3日。
  53. ^ a b 『官報』第1997号、大正8年4月2日。
  54. ^ 『官報』第2130号、大正8年9月9日。
  55. ^ 『官報』第2199号、大正8年12月2日。
  56. ^ a b 『官報』第2375号、大正9年7月2日。
  57. ^ 『官報』第2501号、大正9年12月2日。
  58. ^ 『官報』第3009号、大正11年8月11日。
  59. ^ a b 『官報』第3085号、大正11年11月11日。
  60. ^ a b 『官報』第3251号、大正12年6月2日。
  61. ^ 『官報』第3684号、大正13年12月2日。
  62. ^ 『官報』第1155号、昭和5年11月4日。
  63. ^ 『官報』第1507号、昭和7年1月12日。
  64. ^ 『官報』第1765号、昭和7年11月16日。
  65. ^ a b 『官報』第2189号、昭和9年4月21日。
  66. ^ 『官報』第2409号、昭和10年1月16日。
  67. ^ 『官報』第2651号、昭和10年11月2日。

参考文献編集

  • 浅井将秀/編『日本海軍艦船名考』東京水交社、1928年12月。
  • 『海軍制度沿革 巻四の1』明治百年史叢書 第175巻、海軍省/編、原書房、1971年11月(原著1939年)。
  • 『海軍制度沿革 巻八』明治百年史叢書 第180巻、海軍省/編、原書房、1971年10月(原著1941年)。
  • 『海軍制度沿革 巻十の1』明治百年史叢書 第182巻、海軍省/編、原書房、1972年4月(原著1940年)。
  • 『海軍制度沿革 巻十一の2』明治百年史叢書 第185巻、海軍省/編、原書房、1972年5月(原著1941年)。
  • 海軍歴史保存会『日本海軍史』第7巻、第9巻、第10巻、第一法規出版、1995年。
  • 『日本海軍艦艇写真集 駆逐艦』呉市海事歴史科学館/編、ダイヤモンド社、2005年。ISBN 4-478-95060-1
  • 『昭和造船史(第1巻)』明治百年史叢書 第207巻、(社)日本造船学会/編、原書房、1981年(原著1977年10月)、第3版。ISBN 4-562-00302-2
  • 『帝国海軍機関史』明治百年史叢書 第245巻、日本舶用機関史編集委員会/編、原書房、1975年11月。
  • 福井静夫『終戦と帝国艦艇 わが海軍の終焉と艦艇の帰趨』光人社、2011年1月(原著1961年)。ISBN 978-4-7698-1488-7
  • 福井静夫『日本駆逐艦物語』福井静夫著作集第5巻、光人社、1993年。ISBN 4-7698-0611-6
  • 福井静夫『写真 日本海軍全艦艇史』ベストセラーズ、1994年。ISBN 4-584-17054-1
  • 防衛庁防衛研修所戦史室『海軍軍戦備<1> 昭和十六年十一月まで』戦史叢書第31巻、朝雲新聞社、1969年。
  • 『横須賀海軍工廠史(2)』明治百年史叢書 第330巻、横須賀海軍工廠/編、原書房、1983年7月(原著1935年)。ISBN 4-562-01379-6
  • 官報
  • アジア歴史資料センター(公式)(防衛省防衛研究所)
    • 『各国へ軍艦建造並二購入方交渉雑件/英国 第三巻/5.駆逐艦江風浦風』。Ref.B07090362200。(外務省外交史料館)
    • 『大正3年 公文備考 巻15 艦船1/ヤロー内火式駆逐艦関係(3)』。Ref.C08020401900。
    • 『大正4年 公文備考 巻44 艦船4/試験(1)』。Ref.C08020603800。
    • 『大正4年 公文備考 巻58 艦船18/浦風回航記事(1)』。Ref.C08020627700。
    • 『大正4年 公文備考 巻58 艦船18/浦風回航記事(2)』。Ref.C08020627800。
    • 『大正5年 公文備考 巻26 艦船3/装備、備付』。Ref.C08020764400。
    • 『大正7年 公文備考 巻20 艦船1/駆逐艦浦風、江風、製造(1)』。Ref.C08021104400。
    • 『大正7年 公文備考 巻22 艦船3/付属換(2)』。Ref.C08021107300。
    • 『大正8年 公文備考 巻20 艦船3/試験(1)』。Ref.C08021314300。
    • 『公文備考 昭和11年 F 艦船 巻8/佐鎮第21号 11.5.28 除籍艦船廃艦処分に関する件』。Ref.C05034964300。
    • 『昭和14年 達 完/11月』。Ref.C12070106100。

関連項目編集