海野宿

北国街道海野宿

海野宿(うんのじゅく)は、長野県東御市にある北国街道の宿場である。

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概要編集

 
うだつの残る民家(明治時代

1625年寛永2年)に、北国街道宿場として、江戸幕府によって設置された。当初は田中宿との合宿であり、後に本宿になった。

宿場町開設以前は、海野郷や海野庄などと呼ばれ、東信濃の豪族滋野氏やその嫡流に当たる海野氏の領地として栄え、宿場町開設以前から集落が形成されていた。木曾義仲が挙兵した地や海野平の戦いがあった地、海野氏の子である真田幸隆やその兄弟の出身地とも言われている。1583年には上田城城下町を形成するために、海野から上田に人を呼び寄せたため、集落を縮小され宿場町開設に至った。

海野宿には、約6町(約 650 m)にわたり街並みが続き、本陣1軒と脇本陣2軒が設けられ、佐渡の金の江戸までの輸送、善光寺までの参拝客や、北陸諸大名の参勤交代などで利用され、非常に賑わいをみせていた。明治時代には鉄道網の発達により宿場町の利用客が減ったため、養蚕業を主に行っていた。また明治時代には信越本線の駅の設置が計画されていたが中止になった。

現在でも本陣脇本陣問屋旅籠などの跡が残っており、明治時代の養蚕業に用いられた伝統的建造物も残っている。1986年(昭和61年)には「北国街道」が日本の道100選に選ばれ、1987年(昭和62年)には海野宿が種別「宿場町・養蚕町」で重要伝統的建造物群保存地区として選定されている。

所在地編集

 
海野宿周辺の空中写真。東側(画像右)から西側へ流れる千曲川の北岸に、海野宿の細長い宿場町が残る。1975年撮影。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

〒389-0518 長野県東御市本海野

交通編集

関連項目編集

参考文献編集

外部リンク編集