淵野辺駅

日本の神奈川県相模原市中央区にある東日本旅客鉄道の駅

淵野辺駅(ふちのべえき)は、神奈川県相模原市中央区淵野辺三丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)横浜線である。駅番号JH 25

淵野辺駅
FuchinobeStation(North).jpg
北口(2016年11月)
ふちのべ
Fuchinobe
JH 24 古淵 (2.7km)
(0.8km) 矢部 JH 26
所在地 相模原市中央区淵野辺三丁目5-16
駅番号 JH25
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
所属路線 横浜線
キロ程 28.4km(東神奈川起点)
電報略号 ノヘ
駅構造 地上駅橋上駅
ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度-
38,106人/日(降車客含まず)
-2019年-
開業年月日 1908年明治41年)9月23日
備考 業務委託駅
みどりの窓口
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ホーム(2008年8月)

東神奈川駅発着系統と、横浜駅経由で根岸線に直通する列車が停車する。

野辺と記載される場合もあるが、こちらはの異字体であるを用いた書き方であり、正しくは野辺である。

歴史編集

駅構造編集

島式ホーム1面2線を有する地上駅で、橋上駅舎を有している。JR東日本ステーションサービスが駅管理を受託している橋本駅管理の業務委託駅[3]みどりの窓口設置。自動改札自動券売機、指定席券売機が設置されている。

かつては貨物扱いが行われており、北口側の東神奈川方面に貨物扱い施設が、橋本方面には相模総合補給廠への専用線のための入換線があった。東神奈川方面のりばの向かい側にある現在使用されていない線路は元の貨物着発線である。貨物列車が運転されなくなって久しいが、2000年代初頭まで貨物列車着発用の信号機本線への渡り線が設置されていた。敷地は貨物扱いの廃止後も長く放置されていたが、現在では旧貨物扱い施設の敷地が桜美林大学淵野辺キャンパス等に、また補給廠専用線入換線敷地の一部は北口ロータリーに転用されている。

発車メロディは、2014年6月14日からゴダイゴの『銀河鉄道999』に変更された。1番線はAメロ部分、2番線はサビ部分のアレンジが使用されている。

のりば編集

番線 路線 方向 行先
1   横浜線 上り 町田新横浜東神奈川横浜磯子大船方面
2 下り 橋本八王子方面

(出典:JR東日本:駅構内図

  • 根岸線への直通は日中は横浜駅の一つ先にある桜木町駅までで、桜木町駅から先の磯子・大船方面への直通は朝夕のみである。

駅設備編集

  • 改札階 - ホーム階 
    階段2か所・エスカレーター2基・エレベーター1基
  • 改札階 - 地上階
    北口:エスカレーター2基・階段2か所・エレベーター1基
    南口:エスカレーター2基・階段2か所(エスカレーターの両端に設置)・エレベーター1基

利用状況編集

2019年(令和元年)度の1日平均乗車人員38,106人である。横浜線の駅では20駅中9位。

当駅は、青山学院大学桜美林学園日本大学第三中学校・高等学校等があり、学園街である。住宅街も数多くあり、利用客は横浜線快速が通過する駅では最も多く、停車駅の東神奈川駅相模原駅よりも多い。しかし、2013年は利用客の減少が起こり、前年度と比較すると、2,500人以上減少し、1年間で、8.15%も減少した。減少率は首都圏各駅の中でワースト1位であった。これは、青山学院大学の文系学部が東京・青山キャンパスに完全移転したことが主な原因である。2015年には青山学院大学の相模原キャンパスに新学部が設置されたため、これから4年間にわたり僅かずつの回復が予想される。

近年の1日平均乗車人員は下表の通りである。

年度別1日平均乗車人員[統計 1]
年度 1日平均
乗車人員
出典
1975年(昭和50年) 13,614
1980年(昭和55年) 16,189
1985年(昭和60年) 19,920
1989年(平成元年) 26,272
1993年(平成05年) 29,599
1995年(平成07年) 29,754 [統計 2]
1998年(平成10年) 29,397
1999年(平成11年) 29,360 [* 1]
2000年(平成12年) [JR 1]29,354 [* 1]
2001年(平成13年) [JR 2]29,410 [* 2]
2002年(平成14年) [JR 3]29,945 [* 3]
[注釈 1]2003年(平成15年) [JR 4]36,184 [* 4]
2004年(平成16年) [JR 5]35,876 [* 5]
2005年(平成17年) [JR 6]36,111 [* 6]
2006年(平成18年) [JR 7]36,746 [* 7]
2007年(平成19年) [JR 8]37,601 [* 8]
2008年(平成20年) [JR 9]38,577 [* 9]
2009年(平成21年) [JR 10]39,259 [* 10]
2010年(平成22年) [JR 11]39,800 [* 11]
2011年(平成23年) [JR 12]39,350 [* 12]
2012年(平成24年) [JR 13]40,435 [* 13]
2013年(平成25年) [JR 14]37,138 [* 14]
2014年(平成26年) [JR 15]36,798 [* 15]
2015年(平成27年) [JR 16]38,034 [* 16]
2016年(平成28年) [JR 17]38,268 [* 17]
2017年(平成29年) [JR 18]38,654 [* 18]
2018年(平成30年) [JR 19]38,923
2019年(令和元年) [JR 20]38,106

駅周辺編集

1908年明治41年)の開業以来、駅舎は淵野辺の旧集落に近い北口側に設けられていた。当駅は淵野辺が所属する当時の高座郡大野村北部(1941年の合併により相模原町、1954年から相模原市)だけでなく、府県境を越えた東京府南多摩郡忠生村1958年の合併により町田市)への玄関口の機能も持った。また、鉄道から離れた上溝(現相模原市)や半原(現愛川町)への路線バスも発着し、付近の交通結節点の役割も負った。1930年代には陸軍の施設が周辺に相次いで進出し、それらを背景に駅前商店街が形成され戦後も賑わいを続けた。

一方、開業当時の南口側には畑が広がるのみで駅付近に目ぼしい集落は存在しなかったが、1940年代前半の相模原軍都計画による都市計画区域に組み込まれ、敗戦をはさんで県による区画整理事業が進められた。この計画では南口側に駅前広場が設定されていたが、実際に南口が開設されたのは当駅が橋上駅化された1974年昭和49年)であった。そのため、南口側の市街化は1960年代までは緩慢であったが、東京・横浜のベッドタウン化の波が及んで以降急速な市街化が進行した。南口の開設とバスターミナルの整備により市内各地(相模大野、上溝、田名、相模原、橋本)や愛川・半原方面のバスの発着がこちらに移動し、多くの乗降客を集めるようになった。しかし、南口周辺の商店・飲食店は駅周辺に散在しており、北口のような駅前商店街の形成は見られない。

周辺には大学や高校が多く分布し、2001年平成13年)には当駅を最寄り駅としている日大三高と桜美林高が揃って春の甲子園に出場したので、駅や商店街に横断幕やポスターが掲げられた。

北口編集

南口編集

南口から歩いて数分の所に、鹿沼公園相模原市立図書館がある。

バス路線編集

北口及び南口にバスターミナルがあり、神奈川中央交通・神奈川中央交通東の路線バス(相模原市コミュニティバスを含む)が発着する。

淵野辺駅北口編集

淵野辺駅南口編集

  • 1番のりば
    • <淵53・淵59> 上溝駅[注釈 4]・田名バスターミナル・水郷田名・愛川バスセンター方面
  • 2番のりば
    • <淵34・淵35> 上溝団地方面(上溝団地循環)
    • <淵36・淵37> 淵野辺公園・市立博物館方面(青葉循環)

ギャラリー編集

隣の駅編集

東日本旅客鉄道(JR東日本)
  横浜線
快速
通過
各駅停車
古淵駅 (JH 24) - 淵野辺駅 (JH 25) - 矢部駅 (JH 26)

脚注編集

[脚注の使い方]

記事本文編集

注釈編集

  1. ^ 2003年4月、青山学院大学相模原キャンパスが開設。
  2. ^ 最寄り停留所名は「市民病院前」。
  3. ^ 最寄り停留所名は「登戸」。
  4. ^ 最寄り停留所名は「上溝」。

出典編集

  1. ^ 淵野辺駅の駅メロ「銀河鉄道999」に JAXAの玄関口”. 2014年6月9日閲覧。
  2. ^ “より安全な駅ホーム・踏切の実現に向けた取組みについて” (PDF) (プレスリリース), 東日本旅客鉄道, (2020年4月7日), オリジナルの2020年4月7日時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20200407061032/https://www.jreast.co.jp/press/2020/20200407_ho01.pdf 2020年4月7日閲覧。 
  3. ^ No.274号 東日本ユニオンよこはま 駅業務執行体制の再構築等について提案を受ける (PDF)”. JR東日本労働組合横浜地方本部 (2018年3月23日). 2018年6月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年1月24日閲覧。

利用状況編集

JR東日本の2000年度以降の乗車人員
神奈川県県勢要覧

関連項目編集

外部リンク編集