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清瀬義三郎則府

日本の言語学者

清瀬 義三郎則府(きよせ ぎさぶろう のりくら、1931年1月 - 2017年7月[1])は、日本言語学者ハワイ大学名誉教授。英語筆名はGisaburo N. Kiyose。

きよせ ぎさぶろう のりくら
清瀬義三郎則府
生誕 1931年1月
東京
死没 2017年7月
国籍 日本の旗 日本
出身校 京都大学文学部言語学科
職業 言語学者・大学教授や講師
肩書き ハワイ大学名誉教授
清瀬一郎
親戚 清瀬信次郎(兄)

目次

人物編集

アルタイ言語学・古代朝鮮語・女真語女真文字満洲語研究に従事。日本語に関する著作も多く、日本語とアルタイ諸語とで共通する膠着語的性格などを説く。また、「日本語の動詞活用しない」とする派生文法を提唱[2]。音韻史の分野にも一家言があり、ハ行子音は平安朝までP-音であったとする[3]。原日本語の8母音説を採り、各母音の音価を推定した[4]

来歴編集

1954年京都大学文学部言語学科を卒業。大東文化大学・兼国士舘大学講師を務め、1964年より米国インディアナ大学で助手・講師・助教授を歴任。1973年にはインディアナ大学大学院ウラル・アルタイ学研究科博士課程を修了、Ph.D.(哲学博士)を受ける。その間、オハイオ州立大学ミネソタ大学ミシガン大学ウィスコンシン大学、各夏学期兼任講師。1974年カリフォルニア州立大学助教授に転じ、1979年にはハワイ大学に転じて大学院助教授・準教授・正教授を歴任。また、1989年から1991年まで京都大学招聘教授として来日。1994年ハワイ大学名誉教授となる。爾後は帰朝して、姫路獨協大学教授ほか2001年まで大阪外国語大学講師など。[5]

著書編集

  • Fundamentals of Japanese (with Toyoaki Uehara), Bloomington: Indiana University Press, 1974. 
  • A Study of the Jurchen Language and Script: Reconstruction and Decipherment (女真館訳語の研究), Kyoto: Horitsubunka-sha (法律文化社), 1977.
  • 『日本語文法新論・派生文法序説 』 桜楓社(おうふう)、1989年、2版 1993年.
  • 日本語学とアルタイ語学 』/Japanese Linguistics and Altaic Linguistics, 明治書院、1991年.
  • Japanese Grammar: A New Approach, Kyoto: Kyoto University Press (京都大学学術出版会), 1995.
  • 満洲語文語入門 』(河内良弘と共編著) 京都大学学術出版会、2002年、2版 2005年、3版 2014年.
  • 『日本語文法体系新論・派生文法の原理と動詞体系の歴史 』 ひつじ書房、2013年.
  • Introduction to Literary Manchu, (with Yoshihiro Kawachi), Wiesbaden: Harrassowitz, forthcoming.

脚注編集

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  1. ^ 清瀬義三郎則府先生逝去
  2. ^ 清瀬義三郎則府、「連結子音と連結母音と――日本語動詞無活用論」、『国語学』 86集、1971年、42-56頁、その他。
  3. ^ 清瀬義三郎則府、「平安朝波行子音P音論」、『音声の研究・21集』、東京:日本音声学会、1985年、73-87頁、その他。
  4. ^ 清瀬義三郎則府、「日本語の母音組織と古代音価推定」、『言語研究』 96号、1989年、23-42頁、その他。
  5. ^ 『日本紳士録』第79版、東京:交詢社、2005年、き256頁。