渋沢 信雄澁澤 信雄[1][2]、しぶさわ のぶお、1898年明治31年)6月[2] - 1967年昭和42年)2月12日[3])は、日本商人(福本書院、独逸書輸入書籍商)[1][4][5]会社役員

人物編集

東京出身[2]子爵渋沢栄一の孫[1][4]澁澤倉庫取締役会長・渋沢篤二の息子。渋沢敬三の弟[4]渋沢武之助渋沢正雄渋沢秀雄[1][4]分家する[5]京都帝国大学文学部哲学科に学ぶ[1][5]

「福本書院」と称し、1926年(昭和元年)より独逸書輸入を福本初太郎と共同経営する[4]秩父鉄道東京製綱秩父セメント、玉村式索道各取締役[2][4]、渋澤倉庫監査役、中外商工社長などをつとめる。趣味はゴルフ乗馬[1][2][4][5]。住所は東京都品川区上大崎長者丸[1][2]

家族・親族編集

渋沢家
親戚
  • 妻の兄・齋藤秀雄(指揮者、音楽教育者、チェロ奏者)

脚注編集

  1. ^ a b c d e f g h i j 『大衆人事録 第14版 東京篇』487頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年2月24日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i 『人事興信録 第15版 上』シ11頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2020年2月6日閲覧。
  3. ^ 『「現代物故者事典」総索引 : 昭和元年~平成23年 1 (政治・経済・社会篇)』日外アソシエーツ株式会社、2012年、612頁。
  4. ^ a b c d e f g 『人事興信録 第13版 上』シ47頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2020年2月6日閲覧。
  5. ^ a b c d 『人事興信録 第11版 上』シ68頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2020年2月6日閲覧。

参考文献編集

  • 人事興信所編『人事興信録 第11版 上』人事興信所、1937 - 1939年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第13版 上』人事興信所、1941年。
  • 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第14版 東京篇』帝国秘密探偵社、1942年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第15版 上』人事興信所、1948年。