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渋谷 和四郎(しぶや わしろう、生没年不詳)は、幕末武士幕臣)。和四郎は鷲郎と記されることも多い[1]

岩鼻陣屋関東郡代・木村甲斐守勝教の配下として、関東取締出役を務めた。

生涯編集

慶応元年ごろから関東取締出役に所属していた[2]

慶応3年11月1866年12月)、相楽総三らが企てて竹内啓らが実行した出流山事件を鎮圧するため、木村喜蔵(樾蔵)や宮内左右平らを率いて出動し、挙兵した浪士たちを壊滅させる[3]。その手柄で支配勘定に昇進した[4]。しかしその報復として、相楽が差し向けた峰尾忠通らに家族を鏖殺された[5]。なお、実際に殺害されたのは別の幕臣の家族で、渋谷の被害は下男1人の死亡のみともされる[6]

その後は岩鼻陣屋に留まっていたが、戊辰戦争が始まって官軍の先鋒が到達すると同所を去り、古屋佐久左衛門が率いる衝鋒隊に加わる[7][8]梁田の戦いで敗れた後、下野国安蘇郡小中村(現在の栃木県佐野市)の名主・石井郡造の支援を受け[7]、衝鋒隊に復帰する。会津戦争などを転戦するが、そのまま越後で行方不明となった[9]

人物編集

  • 多数の博徒を手懐けていたとされ、出流山事件を鎮圧する際には、博徒たちも渋谷に加勢した[10]

関連作品編集

  • 『さむらい鴉』- 早乙女貢の小説。主人公に「関八州取締役の渋谷和四郎」を据えているが、内容は史実とは大きく異なる。

出典編集

参考文献編集

  • 長谷川伸『相楽総三とその同志』講談社学術文庫、2015年2月11日。ISBN 978-4-06-292280-7
  • 関東取締出役研究会『関東取締出役 シンポジウムの記録』岩田書院、2015年10月。ISBN 4-87294-409-7
  • 中島明『幕藩制解体期の民衆運動 -明治維新と上信濃民の動向-』校倉書房、1993年4月1日。ISBN 978-4751722503