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渡瀬 寅次郎(わたせ とらじろう、1859年7月24日安政6年6月25日) - 1926年大正15年)11月8日)は明治時代の教育者である。渡瀬庄三郎の実兄。「二十世紀ナシ」の命名者。

経歴編集

渡瀬原四郎の長男として江戸・牛込に生まれる。1876年7月に東京英語学校を卒業し、札幌農学校の第1期生になり、札幌に赴いた。教頭のW・S・クラーク博士の薫陶を受け、大島正健伊藤一隆らと共に、イエスを信じる者の契約に署名する。1877年4月にクラークを島松駅に見送る。この月、メソジストの宣教師M・C・ハリスから洗礼を受ける。1880年に札幌農学校を卒業後に、開拓使御用掛を拝命する。

1882年12月には札幌独立キリスト教会が創立された際に、会員になる。1885年にロンドン万国博覧会事務官としてイギリスに赴く、1886年帰国する。

1887年8月に水戸中学校長に任じられた。同僚のE・W・クレメントとも親交を結んだ。1888年9月東京中学院(関東学院の源流のひとつ)の創立の際に、クレメントの依頼で校長になる。東京中学院の基礎が出来上がると、家業の興農園の仕事のために教師を引退する。

参考文献編集

  • 『渡瀬寅次郎伝』 渡瀬昌勝編、渡瀬同族、1934年
  • 『日本キリスト教歴史大事典』 教文館、1988年