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湧別駅(ゆうべつえき)は、北海道網走支庁紋別郡湧別町栄町にあった北海道旅客鉄道(JR北海道)名寄本線支線)の廃駅)である。電報略号ユツ。名寄本線の廃線に伴い1989年(平成元年)5月1日に廃駅となった。

湧別駅
「湧別駅の跡」碑と跡地に建った消防署
「湧別駅の跡」碑と跡地に建った消防署
ゆうべつ
Yūbetsu
四号線 (1.9km)
所在地 北海道紋別郡湧別町栄町
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 名寄本線(支線)
キロ程 4.9km(中湧別起点)
電報略号 ユツ
シユ(改称前)
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1916年大正5年)11月21日
廃止年月日 1989年平成元年)5月1日
備考 名寄本線廃線に伴い廃駅
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1977年の湧別駅と周囲約500m範囲。下が中湧別方面。単式ホーム1面1線の他に、駅裏側に2本の副本線、駅舎横に貨物ホームと引込み線を有した。この時点では副本線は1本に見える。周囲にはまだ多くの木材が野積みされ、貨物ホームには貨車が留置されているが、この1年後には貨物の取扱いが廃止されている。終点駅であるが、戦後間もない頃の空中写真(1952年米軍撮影USA-M150-298国土地理院)で見る限り、転車台を有した事は無かったようである。駅構外の北側にあった木工場へ、本線から真っ直ぐ引込み線が伸びているのが確認できる。かつてはそこからさらに現在のマルハニチロ北日本湧別事業所の北東側付近にまで軌道が伸びて、湧別川河口にあった汽水湖の埋立用土砂運搬に使用されていた。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

概要編集

中湧別駅から分岐する支線の終着駅となっていた。この区間は平行するバス路線は10本程度あったものの、末期の列車本数が朝夕の2往復しかなく、国鉄時代には清水港線(1往復/日)に次いで旅客列車の少ない区間として鉄道ファンに知られていた。

しかしその様な駅でありながら、1986年11月1日国鉄ダイヤ改正まで駅員が配置されており、その後廃止時までは簡易委託駅となっていた。

歴史編集

駅構造編集

廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する地上駅であった。ホームは線路の北西側(湧別方面に向かって左手側)に存在した。転轍機を持たない棒線駅となっていた[1]。かつては貨物用の側線を2線有しており、駅舎側から1、2、3番線となっていた(1975年(昭和50年)3月時点ではこの配線)[2]。そのほか1番線の延長上から遠軽方に戻る形で駅舎側に分岐し駅舎北側の貨物ホームに至る側線を1線有していた[2](以上の側線は1981年(昭和56年)3月時点では撤去済みであった[2])。

無人駅(簡易委託駅)となっていたが、有人駅時代の駅舎が残っていた。駅舎は構内の北西側に位置し、ホームとは通路で連絡した[1]。開業当初からの[3]、民家の様な木造平屋建ての建物であった[2]。ホームの有効長は旅客ホームが50 m、貨物ホームが30 mであった[2]

駅名の由来編集

当駅の所在する地名より。地名は、アイヌ語の「ユペ・オッ」(カレイサメが多い)に由来する[4]。別説として「イペ・オッ・イ」(魚の豊富である所)に由来するという説もある[4]

利用状況編集

  • 1981年度(昭和56年度)の1日乗降客数は55人[1]

駅周辺編集

バス路線編集

駅跡編集

駅跡地には遠軽地区広域組合消防署湧別出張所及び湧別町文化センターさざ波が建設されており[5]、消防署前の歩道には「湧別駅の跡」の記念碑が建立されている[6]

隣の駅編集

北海道旅客鉄道
名寄本線(支線)
四号線駅 - 湧別駅

脚注編集

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  1. ^ a b c 書籍『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』(小学館1983年7月発行)212ページより。
  2. ^ a b c d e 書籍『廃線終着駅を訊ねる 国鉄・JR編』(著:三宅俊彦JTBパブリッシング2010年4月発行)40ページより。
  3. ^ a b 書籍『終着駅 国鉄全132』(雄鶏社1980年10月発行)26-27ページより。
  4. ^ a b 書籍『北海道の駅878ものがたり 駅名のルーツ探究』(監修:太田幸夫、富士コンテム、2004年2月発行)186ページより。
  5. ^ 書籍『鉄道廃線跡を歩くVIII』(JTBパブリッシング、2001年8月発行)36-37P
  6. ^ 書籍『北海道の鉄道廃線跡』(著:本久公洋、北海道新聞社2011年9月発行)128P

関連項目編集

外部リンク編集