湯 顕祖(とう けんそ、1550年9月24日嘉靖29年8月14日) - 1616年7月29日万暦44年6月16日))は、中国明代劇作家は義仍。江西臨川の人。1598年(万暦26年)官職を辞し、郷里に寓居『玉茗堂』を構えた。 シェイクスピアとほぼ同時期を生きたため、「中国のシェイクスピア」とも言われる。湯の戯曲は当時の昆劇の曲律に合わないため歌いにくく、レーゼドラマと見なされることもある。湯自身も演じやすさより文学的効果のほうにこだわったらしく、「演者の喉を切っても構わない」と言ったと伝えられる。

  • 若い頃から文名が高く、21歳で科挙にも合格した。
  • 役人時代はある政治家から嫌われて出世が遅れたり、朝廷への批判書を出したりして煙たがられたりして、ついには官職を辞めた。
  • 作品は夢をテーマにしたものが多い。
  • 晩年は不遇だった。
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代表作編集