源覚寺 (文京区)

源覚寺(げんかくじ)は、東京都文京区小石川にある浄土宗寺院。『こんにゃくえんま』(こんにゃくゑんま)で知られる。山号は常光山。

源覚寺
Konnyaku enma genkakuji bunkyo tokyo.JPG
所在地 〒175-0092
東京都文京区小石川2丁目23番14号
山号 常光山
宗派 浄土宗
本尊 阿弥陀如来
創建年 寛永元年(1624年
正式名 常光山源覚寺
別称 こんにゃくえんま
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目次

歴史編集

当寺院は、寛永元年(1624年) に定誉随波上人(後に増上寺第18世)によって創建された。本尊は阿弥陀三尊(阿弥陀如来観音菩薩勢至菩薩)。特に徳川秀忠徳川家光から信仰を得ていた。江戸時代には四度ほど大火に見舞われ、特に天保15年(1848年)の大火では本堂などがほとんど焼失したといわれている。しかし、こんにゃくえんま像や本尊は難を逃れた。再建は明治時代になったが、その後は、関東大震災や第二次世界大戦からの災害からも免れられた。しかし老朽化が進み現在の本堂は1979年に再建されたものである。また当寺院は小石川七福神のひとつで毘沙門天も祀っている。また例年7月にはほおずき市が開かれ多くのものが訪れる。(近隣の伝通院朝顔市とともに知られる)

こんにゃくえんま編集

当寺院の別称にもなっている「こんにゃくえんま像」は、鎌倉時代運慶派の仏師の作と推定される、像高100.4センチの木造閻魔王坐像である。像内に寛文12年(1672年)の修理銘がある。文京区指定有形文化財になっており、文京区内にある仏像でも古いものに属する。閻魔像の右側の眼が黄色く濁っているのが特徴。[1] 右側の目が濁っていることについては以下のような伝説がある。宝暦年間(1751年-1764年)に一人の老婆が眼病を患いこの閻魔大王像に日々祈願していたところ、老婆の夢の中に閻魔大王が現れ、「満願成就の暁には私の片方の眼をあなたにあげて、治してあげよう」と告げたという。その後、老婆の眼はたちまちに治り、以来この老婆は感謝のしるしとして自身の好物である「こんにゃく」を断って、ずっと閻魔大王に供え続けたという。以来この閻魔王像は「こんにゃくえんま」「身代わり閻魔」の名で人々から信仰を集めている。現在でも眼病治癒などのご利益を求め、閻魔像にこんにゃくを供える人が多い。また毎年1月と7月には閻魔例大祭が行われる。

史跡・施設編集

  • 本堂
  • 閻魔堂 - 「こんにゃくえんま」と通称される閻魔王像及び地蔵菩薩像、奪衣婆像がまつられている。閻魔堂は完成から150年以上たっていたため老朽化しており、現在の建物は2003年に再建されたものである。
  • 汎太平洋の鐘 … この元禄3年1690年に完成し、元々当寺院所有のものであったが、昭和12年(1937年)に当時日本領だったサイパン南洋寺に搬出され、サイパンの人々に時を告げる鐘として使われていた。しかし、第二次世界大戦が勃発し、サイパンは戦禍に飲み込まれ、この鐘も行方不明になっていた。しかし戦後の1965年米国テキサス州にてこの鐘が発見される。その後、1974年になって当寺院に返還された。その返還の模様はマスコミにも取り上げられ話題となった。現在では除夜の鐘として大晦日に突かれている。
  • 南洋群島物故者慰霊像 … 第二次世界大戦でサイパンなど南洋群島で犠牲になった人たちを追悼する菩薩像。
  • 塩地蔵尊 … 地蔵尊の自身治したい部分に相応する箇所に塩につけるとご利益があるという。
  • 毘沙門天 … 小石川七福神のひとつになっているもの。

関連項目編集

アクセス編集

脚注編集

  1. ^ 本田不二雄企画『東京近郊仏像めぐり』(Gakken Mook)、学研、2009、p.19
  2. ^ 出典:「中川『塔之段』旧邸と立命館『白雲荘』校宅の百年」、立命館百年史紀要16巻 著・松本皎(86頁)

外部サイト編集