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滝ヶ原駐屯地(たきがはらちゅうとんち、JGSDF Camp Takigahara)は、静岡県御殿場市中畑2092-2に所在し、普通科教導連隊等が駐屯する陸上自衛隊駐屯地。当駐屯地駐屯部隊である教育支援飛行隊富士飛行班および東部方面管制気象隊第2派遣隊の施設の一部は、道路を挟んで南側に隣接するアメリカ海兵隊キャンプ富士内に所在している。 最寄の演習場は、東富士演習場北富士演習場。駐屯地司令は、普通科教導連隊長が兼務。 毎年8月第1日曜日に開催される富士登山駅伝にて、2015年までに最多22回の優勝を誇る。

滝ヶ原駐屯地
滝ケ原駐屯地正門.jpg
所在地 静岡県御殿場市中畑2092-2
座標 北緯35度19分25秒 東経138度52分30秒 / 北緯35.32361度 東経138.87500度 / 35.32361; 138.87500座標: 北緯35度19分25秒 東経138度52分30秒 / 北緯35.32361度 東経138.87500度 / 35.32361; 138.87500
駐屯地司令 普通科教導連隊長
開設年 1974年
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沿革編集

  • 1908年(明治41年)陸軍滝ヶ原廠舎設置。
  • 戦後 進駐アメリカ陸軍ノースキャンプ。
  • 1960年(昭和35年)4月11日:富士駐屯地滝ヶ原分屯地を設置[1]
  • 1972年(昭和47年)7月:富士駐屯地から第110施設大隊が移駐。
  • 1974年(昭和49年)
    • 4月11日:分屯地より駐屯地に昇格[2]
    • 8月:駐屯地業務隊および第412会計隊編成完結。
  • 1975年(昭和50年)3月:第307基地通信中隊(富士駐屯地)より、第309基地通信中隊滝ヶ原派遣隊として独立。
  • 1977年(昭和52年)3月:教育支援飛行隊新設にともない、富士飛行班が同隊に編入され、教育支援飛行隊富士飛行班と改称。
  • 1983年(昭和58年)8月:第8回富士登山駅伝優勝。この年より5連覇を達成する。
  • 1988年(昭和63年)3月:第101装甲輸送隊廃止。
  • 1990年(平成2年)8月:富士登山駅伝優勝。この年より3連覇。
  • 1991年(平成3年)6月:雲仙普賢岳噴火による災害派遣出動。レンジャー課程履修中の隊員が訓練中に殉職。
  • 1992年(平成4年)5月:富士山行方不明者捜索による災害派遣。遺体を収容。
  • 1994年(平成6年)3月:普通科教導連隊に対戦車中隊が編成完結。
  • 1999年(平成11年)8月:富士登山駅伝7年ぶり9度目の優勝。この年より8連覇。
  • 2002年(平成14年)3月:第110施設大隊を廃止し、教育支援施設隊として再編成。
  • 2014年(平成26年)4月13日:滝ヶ原駐屯地 創立40周年記念行事の開催。
  • 2019年(平成31年)3月26日:教育支援飛行隊を飛行教導隊へ改編。飛行教導隊富士飛行班へ改称。

駐屯部隊編集

防衛大臣直轄部隊編集

東部方面隊隷下部隊編集

最寄の幹線交通編集

富士学校自動車教習所編集

駐屯地内に富士教導団長を設置者、富士教導団教育隊長を管理者とする自動車教習所が置かれている。これは静岡県公安委員会の公認をうけたものであり、法令上は一般の自動車教習所と何ら変わりはない。2006年4月現在の教習内容は、大型自動車免許、大型特殊自動車免許、大型特殊自動車(カタピラ車限定)であるが、大型自動車免許については中型自動車免許の新設に伴い、自衛隊車両限定の大型自動車免許に変更された。

脚注編集

  1. ^ 『陸上自衛隊20年年表』朝雲新聞社編集局、朝雲新聞社、1971年9月20日、96頁。
  2. ^ 自衛隊法施行令の一部を改正する政令(昭和49年政令第110号)

関連項目編集

外部リンク編集