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潘 矩楹(はん くえい)は清末民初の軍人。北京政府直隷派に属した。丹庭

潘矩楹
Pan Juying.jpg
Who's Who in China 3rd ed. (1925)
プロフィール
出生: 1882年光緒8年)[1]
死去: 不詳
出身地: 清の旗 山東省済寧州
職業: 軍人
各種表記
繁体字 潘矩楹
簡体字 潘矩楹
拼音 Pān Jǔyíng
和名表記: はん くえい
発音転記: パン ジューイン
ラテン字 P'an Chu-ying
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事績編集

新建陸軍に加入後、日本へ留学し、陸軍士官学校第3期歩兵科を卒業した。帰国後は順調に昇進し、1911年宣統3年)には、第20鎮統制に就任した。

1914年民国3年)4月、帰化城副都統に就任する。同年7月、綏遠都統に昇進した。1915年(民国4年)12月、袁世凱が皇帝に即位した際には、一等男に封じられた。1916年(民国5年)10月、綏遠都統を辞任している。

袁世凱死後、潘矩楹は直隷派に属した。1918年(民国7年)、川湘贛粤四省経略使署参謀長となる。1920年(民国9年)には、直豫魯巡閲使署参謀長をつとめた。同年11月、北京政府高等顧問に異動する。民国10年(1921年)7月、署理北京政府航空署署長となった。1923年(民国12年)11月、張作霖の高等顧問となった。

以後、潘矩楹の行方は不詳である。

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  1. ^ 徐友春主編『民国人物大辞典 増訂版』2550頁による。Who's Who in China 3rd ed.,p.621は1876年とする。

参考文献編集

   中華民国(北京政府)北京政府
先代:
張紹曽
綏遠将軍(署理)
1914年4月 - 7月
次代:
(都統に改称)
先代:
(将軍から改称)
綏遠都統
1914年7月 - 1916年10月
1915年11月まで署理)
次代:
蒋雁行