瀬名氏俊

戦国時代の武将

瀬名 氏俊(せな うじとし)は、戦国時代武将遠江今川氏の流れを汲む瀬名氏の当主で、駿河今川氏に仕えた。別名は貞綱と伝わる。

 
瀬名氏俊
時代 戦国時代
生誕 不詳
死没 不詳
別名 貞綱・源五郎
戒名 別山徳雲寺
官位 従五位下、伊予守、右衛門佐あるいは左衛門佐
氏族 瀬名氏(清和源氏足利氏今川氏
父母 父:瀬名氏貞、母:堀越貞基の娘
兄弟 氏俊義広(関口親永)氏次
今川氏親の娘
虎王丸氏明(信輝・氏詮)、何某(僧侶
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桶狭間の戦いの瀬名氏俊陣地跡
(愛知県名古屋市緑区桶狭間)

生涯編集

寛政重修諸家譜』には「氏俊」で載せられており、父は瀬名氏貞、母は堀越貞基の娘。

天文7年(1538年)頃、今川義元から不穏な動きを疑われて所領を没収されている。河東一乱において北条氏綱に内応したとする長谷川清一の説があるが詳細は不明である[1]

永禄3年5月19日1560年6月12日)の桶狭間の戦いでは、今川本隊の先発隊として偵察、桶狭間にて本隊の陣所の設営などを行い、先に大高城へ向かっていたため、直接は戦っていない。

系譜編集

寛政重修諸家譜』の「瀬名」系譜は、「氏俊」の子として3男1女を載せる。長男虎王丸は早世。次男は氏明(うじあきら)で別名を氏詮(うじのり)とし、徳川家の旗本になった瀬名政勝の父としている(瀬名信輝を参照)。三男某は僧。一女は三浦上総介某の妻としている。

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  1. ^ 長谷川(大石)、2019年、P129-132.

参考文献編集

  • 寛政重修諸家譜』巻第九十五
  • 長谷川清一「天文七~九年頃の瀬名貞綱について」(初出:『戦国遺文』今川氏編第4巻月報4、2014年/所収:大石泰史 編『シリーズ・中世関東武士の研究 第二七巻 今川義元』(戎光祥出版、2019年) ISBN 978-4-86403-325-1

関連項目編集