牧本 幹男(まきもと みきお、1941年7月3日 - )は、日本政治家。第10代福山市長(2期)。

牧本 幹男
まきもと みきお

当選回数 2回
在任期間 1983年8月26日 - 1991年8月25日

基本情報
生年月日 (1941-07-03) 1941年7月3日(78歳)
出生地 広島県福山市
出身校 同志社大学商学部
所属政党 無所属
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人物編集

広島県福山市に生まれる。父親は大阪大学名誉教授の牧本利夫[1]1960年 (昭和35年) に広島大学附属福山高等学校1964年(昭和39年)に同志社大学商学部を卒業、の生産で知られる牧本楽器株式会社[2]に入社。1974年(昭和49年)、同社専務に就任[1]

1983年(昭和58年)8月21日に行われた福山市長選挙に、日本鋼管福山製鉄所の全面的な支持を受けて立候補。現職市長の中川弘、元市長の立石定夫日本共産党公認の新人らを相手に戦い初当選した[3]。市長選の前年12月、土木行政をめぐる汚職事件で助役の土屋陽光が逮捕されており[4]、中川は1期で退くこととなった。

牧本が最初に直面した問題は1984年度の予算編成であった。破綻寸前の財政状況の中、補助金のカットや市職員の退職金削減などを行うことによりこれを乗り切る[5]

「ガラス張りの市政をつくりたい」とスローガンを掲げ市長職に就いたものの、不祥事は増加する一方であった。就任後、1986年(昭和61年)1月上旬までの約2年4か月の間に逮捕者は延べ8人、市庁舎などが受けた捜索は7回、懲戒免職・減給・戒告などの処分者は41人に及んだ[6]。また1987年(昭和62年)7月28日、広島県は福山市のヤミ給与疑惑を裏付ける調査結果を発表した[7]。同年、元市長の徳永豊の子の徳永光昭[8]を破り再選[9]

1989年(平成元年)7月12日、市の汚土収集委託業務をめぐり、元委託業者の詐欺や暴力行為、牧本への委託念書の強要などの一連の疑惑解明に向けて、福山市議会は百条委員会の設置を全会一致で決めた。同市における百条委員会設置は27年ぶりのこととなった[10]。同年、福山市議と福山市選出の県議は、牧本、助役3名、収入役1名、産廃処理業者らに対し住民訴訟を提起。牧本は業者の脅しに屈し、1986年度以降の汚土収集業務をすべて当該業者1社とすることとし、1988年(昭和63年)4月23日には継続して業者に委託する旨の念書を交付したことが裁判によって明らかとなった[11]

1991年(平成3年)8月25日、任期満了により市長を退任。2006年(平成18年)、牧本らの敗訴が確定[12]

脚注編集

  1. ^ a b 『新訂 現代政治家人名辞典』 日外アソシエーツ、2005年2月25日、487ページ。
  2. ^ 誠之館人物誌 「牧本正雄」 福山市会議員、牧本楽器(株)社長
  3. ^ 朝日新聞」1983年8月23日。『福山市史 近代現代資料編Ⅰ 政治・行財政』に転載。
  4. ^ 「朝日新聞」1982年12月26日。『福山市史 近代現代資料編Ⅰ 政治・行財政』に転載。
  5. ^ 中国新聞」1991年8月22日。『福山市史 近代現代資料編Ⅰ 政治・行財政』に転載。
  6. ^ 「中国新聞」1986年1月11日。『福山市史 近代現代資料編Ⅰ 政治・行財政』に転載。
  7. ^ 「中国新聞」1987年7月29日。『福山市史 近代現代資料編Ⅰ 政治・行財政』に転載。
  8. ^ 誠之館人物誌 「徳永光昭」 広島県議会議員、弁護士
  9. ^ 「中国新聞」1991年8月5日。『福山市史 近代現代資料編Ⅰ 政治・行財政』に転載。
  10. ^ 「中国新聞」1989年7月13日。『福山市史 近代現代資料編Ⅰ 政治・行財政』に転載。
  11. ^ 判例タイムズ』第982号(1998年11月1日)。
  12. ^ 日本共産党福山市議会議員団 2006/11/29 最高裁で勝利!汚土事件で1億円返還決定

参考文献編集

  • 『福山市史 近代現代資料編Ⅰ 政治・行財政』 福山市、2013年3月29日。