「国鉄キハ45系気動車」の版間の差分
削除された内容 追加された内容
修正依頼 |
重複リンクの修正 |
||
(4人の利用者による、間の27版が非表示) | |||
1行目:
{{画像提供依頼|各形式の室内|date=2010年2月|cat=鉄道}}
{{鉄道車両|unit=self
|社色= #000000
18 ⟶ 5行目:
|画像= Kiha45 27 takamatsueki.jpg
|画像説明=キハ45 27(1988年頃、高松駅)
|最高速度= 95 km/h<ref name="RP742p22"/><ref name="JTBp444"/><ref name="JTBp445"/>
|最大寸法= 21,300×2,928×3,925 (mm) <ref name="RP742p22"/><ref name="JTBp444"/><ref name="JTBp445"/>
|車両質量= 33.0t(キハ45形)<br />33.2t(キハ46形)<br />34.2t(キハ23形)<br />34.5t(キハ24形)<br />39.7t(キハ53形)<ref name="RP742p22"/>
|定員= 84(席)+40(立)=124名(キハ45形0・500番台)<br />76(席)+48(立)=124名(キハ45形600番台)<br />85(席)+25(立)=110名(キハ46形)<br />76(席)+40(立)=116名(キハ23形)<br />77(席)+25(立)=102名(キハ24形)<br />73(席)+41(立)=114名(キハ53形)<ref name="RP742p22"/><ref name="JTBp444"/><ref name="JTBp445"/>
|機関出力= 180ps/1,500rpm(DMH17H)×1 <ref name="RP742p22"/><ref name="JTBp444"/><ref name="JTBp445"/>
|駆動方式= 液体式(TC2A/DF115A)<ref name="RP742p22"/><ref name="JTBp444"/><ref name="JTBp445"/>
|変速段=
|台車形式= コイルばね台車<br />DT22C(動力)/TR51B(付随)<ref name="RP742p22"/><ref name="JTBp444"/><ref name="JTBp445"/>
|ブレーキ方式=[[自動空気ブレーキ]]<br />キハ45形・キハ46形:DA1<br />キハ23形・キハ24形・キハ53形:DA1A<ref name="RP742p22"/><ref name="JTBp444"/><ref name="JTBp445"/>
|保安装置=
|備考=
}}
'''キハ45系気動車'''(キハ45けいきどうしゃ)
[[近郊|都市近郊]]の[[通勤]]輸送と中長距離輸送の機能を併せ持つ気動車として構想され<ref name="JTBp177"/>、従来の一般形気動車よりも出入口幅、通路幅が広くとられた<ref name="RP742p20"/><ref name="RP742p21"/><ref name="RP823p24"/>[[近郊形車両|近郊形]]と位置付けられる<ref name="RF66p10"/><ref name="JNR100-3p460"/><ref name="Sekai77p60"/><ref name="RF235p26"/><ref name="JTBp176"/><ref name="Natori1995p213"/><ref name="Kiha47p97"/><ref name="RP742p6"/>。[[機関 (機械)|エンジン]]、[[トランスミッション|変速機]]、[[鉄道車両の台車|台車]]などは当時の標準的なものを採用している<ref name="RF66p10"/><ref name="RP742p13"/><ref name="RP742p20"/>。
== 概要 ==
[[File:Kiha 45 59 DMU at Miyoshi.jpg|thumb|200px|[[三次駅]]で待機するキハ45 59とキハ47の普通列車<br/>[[1990年]]3月撮影]]
{{Sound|JR west kiha45 522 taisha line local izumoshi.ogg|キハ45 522の走行音|[[大社線]]普通列車162D [[大社駅]]-[[出雲市駅]]間、1990年3月26日}}
[[1960年代]]中期、国鉄では一般形気動車として主に地方線区向けの[[国鉄キハ20系気動車|キハ20系]]と、大都市近郊線向けの[[国鉄キハ35系気動車|キハ35系]]を製造していた<ref name="JTBp176"/>。キハ20系は扉幅が850 [[ミリメートル|mm]]と狭く、[[ラッシュ時]]の乗降に不便であり、キハ35系はもともと[[関西本線]][[湊町駅]] - [[奈良駅]]間に投入されることを念頭に設計された通勤輸送に主眼を置いた構造で、この収容力を必要とする線区はそれほど多くなかった<ref name="RP742p11"/><ref name="JTBp176"/>。キハ45系気動車は、両系列の中間的な存在である近郊形として開発され<ref name="RF66p10"/><ref name="JTBp176"/>、1966年(昭和41年)から1969年(昭和44年)までにキハ23・キハ24・キハ45・キハ46・キハ53の5形式、179両が製造された<ref name="RP742p6"/><ref name="JTBp176"/>。
需要に応じて投入されたため、両数が比較的少ない割に全国各地で広く運用され<ref name="RP742p6"/>、国鉄時代は普通列車だけでなく、一部[[急行列車]]にも使用された<ref name="JTBp177"/><ref name="RP742p6"/><ref name="RP742p7"/><ref name="RP768p23"/>。[[鉄道車両の座席|座席]]配置は扉間と車端部がボックスシート、扉付近にロングシートのセミクロスシートで、座席の構造、ピッチ1,400 mm、幅930 mmは当時の近郊形電車と同一<ref name="JTBp176"/><ref name="RP742p20"/><ref name="RP742p21"/>となり、従来の一般形気動車よりも通路幅、出入口幅が広く取られた<ref name="RF66p11"/><ref name="RP742p20"/><ref name="RP742p21"/><ref name="RP823p24"/>。エンジン、変速機、台車などは当時の標準的なものを採用している<ref name="RP742p13"/><ref name="RP742p20"/>。
事故で廃車された1両を含む3両はJRには継承されなかった<ref name="RP742p71"/><ref name="RP742p71"/>が、[[国鉄分割民営化]]
== 形式一覧 ==
キハ45系には5形式が存在した。各形式・番台の特徴を下表にまとめた<ref name="JTBp177"/>。
{| class="wikitable" style="text-align: center;"
|colspan="11" style="background-color: #fbb;" |キハ45系 新造時形式・番台別特徴一覧
|-
!運転台<ref name="JTBp176"/>!!客扉<ref name="JTBp177"/>!!形式!!番台区分<ref name="JTBp177"/>!!仕向け地<ref name="JTBp177"/>!!デッキ<ref name="JTBp177"/>!!機関<ref name="JTBp177"/>!!両数<ref name="JTBp176"/>!!製造年!!備考
|-
| rowspan="3"|両
60 ⟶ 47行目:
| rowspan="7"|1台
|33
|1966年 - 1969年<ref name="RP742p69"/><ref name="RP742p70"/>
|
|-
66 ⟶ 53行目:
|寒地
|21
|
|
|-
76 ⟶ 63行目:
| rowspan="1"|有
|10
|1967年<ref name="RP742p70"/>
|
|-
87 ⟶ 74行目:
| rowspan="3"|無
|74
|1966年 - 1968年<ref name="RP742p70"/><ref name="RP742p71"/>
|
|-
93 ⟶ 80行目:
|寒地
|22
|1967年 - 1969年<ref name="RP742p71"/><ref name="RP742p72"/>
|
|-
99 ⟶ 86行目:
|暖地
|2
|1969年<ref name="RP742p72"/>
|簡易[[郵便車|郵便]][[荷物車]] <ref name="RP742p40"/>
|-
|-
109 ⟶ 96行目:
| rowspan="1"|有
|6
|1966年<ref name="RP742p72"/>
|
|-
121 ⟶ 108行目:
| rowspan="2"|2台
|9
|
|
|-
!100
|2
|1968年<ref name="RP742p72"/>
|長大編成対応<ref name="RP742p41"/>
|-
|}
* 酷寒地:[[北海道]]向け、寒地:
== 構造 ==
=== 車体 ===
車体幅は併結を考慮して従来の一般形
運転台は、衝突事故 対策及び運転士の視認性の向上のため、床面が
側窓は、一般形気動車として初めて外はめ式のユニット窓(下段上昇、上段下降)が採用されたが、
床下機器の配置、機器選定、運転台寸法などが標準化され、これらの組み合わせで各車種が構成できるよう工夫された<ref name="RF66p10"/>。
製造当初は、車体下部から910 mmと雨樋より220 mmが[[朱色4号|朱色4号(朱色)]]、それ以外が[[クリーム4号|クリーム4号(クリーム色)]]の一般形気動車の標準塗装だった<ref name="JTBp176"/>が、[[1977年]](昭和52年)以降一般形気動車の標準塗装が[[朱色5号|朱色5号(朱色)]]一色のいわゆる首都圏色に変更されたことから、キハ45系各型式も[[1980年]](昭和55年)ごろまでに順次首都圏色に塗り替えられた<ref name="JTBp176"/><ref name="RP742p84"/>。国鉄分割民営化前後からは、各地域独自の塗装に塗り替えられるものが多くなった<ref name="RP742p84"/><ref name="RP742p85"/>。
キハ45系は、昭和41年度から43年度まで7回に分けて発注されているが、その間の設計変更点は細部の改良・材質変更などに留まっており、外観に影響するような変化は、昭和41年度第2次債務車以降{{Refnest|group="注"|キハ23 13以降、キハ45 62 以降と601・602、キハ53 6以降と101・102が該当<ref name="RP742p22"/>}}で[[車側灯]]形状が変更されたこと、昭和42年度本予算以降の暖地向け{{Refnest|group="注"|キハ23 23以降、キハ45 70 以降と601・602、キハ53 8・9・101・102が該当<ref name="RP742p22"/>}}で、[[警笛|タイフォン]]シャッターが廃止された程度である<ref name="RP742p21"/><ref name="RP742p22"/>。
=== 車内設備 ===
北海道向けでは防寒のためキハ22と同様にデッキが設けられ、デッキとの仕切り付近はロングシート、それ以外の部分はボックスシートとなった<ref name="RF66p10"/><ref name="JTBp176"/>。便所の扉は本州向けの引き戸に対し北海道向けでは開き戸となり、デッキに便所扉が設けられた<ref name="RP742p19"/>。本州向け車両の床は耐水性防腐鋼板の上に[[ポリ塩化ビニル|塩化ビニール]]の床材を張ったもの、北海道向けでは厚さ25 mmの板張りとされた<ref name="RP742p19"/>。[[暖房]]については急行形気動車同等の温水式が標準となった<ref name="RP742p20"/>。客室内壁は、本州向けが[[淡緑1号|淡緑1号(薄緑色)]]、北海道向けが[[薄茶色4号|薄茶色4号(サンドベージュ)]]、天井が白、運転室は仕向け地にかかわらず[[淡緑3号|淡緑3号(ミストグリーン)]]、北海道向けのデッキは運転室と同色とされた<ref name="RP742p20"/>。前面ガラスの[[デフロスター|デフロスタ]]は従来の電気式から温気式に改良されている<ref name="RF66p10"/>。運転台の操作機器類は、運転士側に若干傾斜して配置され、操作性の改善が図られた<ref name="RF66p11"/>。
=== 主要機器 ===
[[File:JRW DMH17H kiro59-551.jpg|thumb|200px|DMH17H形ディーゼルエンジン]]
[[File:JNR-Kiha35901-DT22C.jpg|thumb|200px|DT22C形台車]]
騒音防止と標準化を狙い、横形<ref name="RF66p10"/>の [[DMH17系エンジン|DMH17H]]形[[ディーゼルエンジン|ディーゼル機関]] (180 [[馬力|PS]] / 1,500 [[rpm (単位)|rpm]])が採用され、[[神鋼造機]]製TC2A形又は[[日立ニコトランスミッション|新潟コンバーター]]製DF115A形[[トルクコンバータ|液体変速機]]を組み合わせて1軸を駆動する<ref name="RP742p12"/><ref name="RP742p20"/>。エンジンとトルクコンバータは勾配線区向けのキハ53のみ2組を搭載し、それ以外は1組を搭載した<ref name="RP742p22"/>。台車は、キハ20系後期形や、[[国鉄キハ58系気動車|キハ58系]]と同様のウイングばね式[[国鉄DT21形台車|DT22C(動台車)・TR51B(付随台車)]]を採用、1エンジン車では前位側が動台車、後位側が従台車となっている<ref name="RP742p10"/><ref name="RP742p13"/><ref name="RP742p20"/>。
{{-}}
== 形式各説 ==
形式ごとの相違点、歴史をまとめる。キハ45系の製造に先立ち、客車改造気動車のキハ40形(初代)・キハ45形(初代)がそれぞれ[[国鉄キハ08系気動車|キハ08形・キハ09形(2代)]]に改称されている<ref name="RP702p46"/><ref name="RF235p26"/><ref name="RF235p27"/>。
=== キハ23 ===
[[ファイル:JNR DC Kiha23-5.jpg|thumb|200px|キハ23 5]]
1台機関搭載の両運転台車で、1966年(昭和41年
国鉄時代
=== キハ24
[[ファイル:JRH-Kiha24.jpg|thumb|200px|キハ24形]]
新製当初は1 - 4、9、10が[[函館運転所|函館機関区]]
全車が[[北海道旅客鉄道]](JR北海道)に継承された<ref name="RP742p70"/>。1 - 4、9、10は函館を一度も離れず、[[1992年]] ([[平成]]4年)から[[1995年]]([[平成]]7年)にかけて全車廃車された<ref name="RP742p70"/>。
{{-}}
=== キハ
[[ファイル:JNR DC Kiha45-43.jpg|thumb|200px|キハ45 43]]
本州向け、1機関搭載の片運転台車で、各番台合わせて98両が製造された<ref name="RP742p21"/>。暖地向けの0番台74両は1966年(昭和41年)10月から[[1968年]](昭和43年)2月に、床下機器の保温対策を強化した寒地向けの500番台22両は1967年(昭和42年)10月から1969年(昭和44年)3月に、暖地向け簡易郵便荷物車の600番台2両は1969年(昭和44年)3月にそれぞれ製造され、全国各地で使用された<ref name="RP742p21"/>。キハ20形・キハ22形・キハ52形にも簡易郵便荷物車があり、同様に600番台に区分されていたが、これらはすべて改造車である<ref name="RP823p20"/><ref name="RP823p21"/>一方、キハ45形600番台は新製車である<ref name="RP742p72"/>。1967年(昭和42年)4月から5月にかけて製造されたキハ45 32 - 36・42 - 61の25両は、夏季の[[観光]]客輸送のため函館・苗穂・旭川・池田・釧路に新製配置され、夏季輸送終了後、32-36は中国地区へ、54は九州へ、それ以外の19両は四国へ転属している<ref name="JTBp177"/><ref name="RP742p6"/><ref name="RP742p71"/>。キハ45 20は1987年(昭和62年)2月に[[筑豊篠栗鉄道事業部|直方気動車区]]で廃車され、JRには継承されなかった<ref name="RP742p71"/>。
JR東日本に0番台11両・500番台14両の計25両、JR西日本に0番台30両、500番台8両の計38両、[[四国旅客鉄道]](JR四国)に0番台24両、JR九州に0番台8両・600番台2両の計10両、各社合計97両が継承された<ref name="RP742p70"/><ref name="RP742p71"/><ref name="RP742p72"/>。民営化直後の[[1989年]](平成元年)から各社で急速に廃車され、[[1991年]](平成3年)にJR四国から、[[1992年]](平成4年)にJR東日本から、[[1994年]](平成6年)にJR西日本からそれぞれ消滅した<ref name="RP742p70"/><ref name="RP742p71"/><ref name="RP742p72"/>。1994年(平成6年)10月以降はJR九州にキハ45 22が残るのみとなったが、これも翌1995年(平成7年)8月に廃車され、形式消滅した<ref name="RP742p71"/>。
=== キハ46 ===
[[ファイル:Kiha 46 6 ruuninng near Chitose station 1988-07.JPG|thumb|200px|キハ46 6]]
北海道向け1台機関搭載の片運転台車で、1966年(昭和41年)12月に6両が[[富士重工業]]で製造された<ref name="RP742p72"/>。1 - 4と6が[[苗穂運転所|苗穂]]、5が[[旭川運転所|旭川]]に配置され<ref name="RP742p72"/>、新製配置から廃車まで北海道内で使用された<ref name="RP742p40"/>。
1987年(昭和62年)1月に苗穂で廃車されたキハ46 5を除いた5両がJR北海道に継承されたが、[[1991年]](平成3年)にキハ46 6が、残り4両が [[1992年]]([[平成]]4年)に廃車され、形式消滅した<ref name="RP742p72"/>。
=== キハ53 ===
[[File:KIha53 1 at Tsuyama Station.JPG|thumb|200px|キハ53 1]]
2機関搭載の両運転台車で、1967年(昭和42年)3月から1969年(昭和44年)3月にかけて暖地
キハ53 6は国鉄時代の[[1983年]](昭和58年)、[[木次線]]で築堤崩壊により脱線大破し廃車とな
=== 製造年・製造会社別一覧 ===
キハ45系の製造年別製造会社一覧を下表にまとめる<ref name="RP742p23"/>。
{|class="wikitable" style="font-size:100%; text-align: center; float: left; margin: 0 0 1em 0;"
|-
!製造<
!形式
![[日本車輌製造]]
209 ⟶ 193行目:
![[帝國車輛工業]]
|-
|rowspan="5"|1966||キハ<
|-
|キハ<
|-
|キハ<
|-
|キハ<
|-
|キハ<
|-
|rowspan="2"|1967||キハ<
|-
|キハ<
|-
|rowspan="3"|1968||キハ<
|-
|キハ<
|-
|キハ<
|}
{{-}}
=== JR継承先一覧 ===
キハ45系のJR各社への継承先を下表にまとめた<ref name="RP742p69"/><ref name="RP742p70"/><ref name="RP742p71"/><ref name="RP742p72"/>。
{|class="wikitable" style="font-size:100%; text-align: center; float: left; margin: 0 0 1em 0;"
|-
!形式
!JR北海道
!JR東日本
!JR西日本
!JR四国
!JR九州
|-
|キハ<br />23|| ||503-505・510-515
517・518
|| 1-23・26・27・29-33<br />501・502・506-509<br />516・519-521
|| ||24・25・28
|-
|キハ<br />24||1-10|| || || ||
|-
|キハ<br />45|| ||1-6・9-11・61・62<br />501-510・514-516・520||8・12・14-16・18・19<br />28-41・55-60・72-74<br>511-513・517-519・520・521||7・13・17・26・27<br />42-53・63-69||21-25・54・70・71<br />601・602
|-
|キハ<br />46||1-3・5・6|| || || ||
|-
|キハ<br />53|| || ||1・2-5・7 || ||8・9<br />101・102
|}
{{-}}
== 改造 ==
=== 簡易荷物車化 ===
[[1984年]](昭和59年)に、木次線のキハ52形600番台置換え用にキハ53
=== 車両更新・機関換装 ===
JR東日本に
=== ワンマン改造 ===
JR西日本
=== ビール列車用への改造 ===
長崎運転所に配置されていたキハ45 54
=== 冷房改造 ===
[[越美北線]]で使用されていたJR西日本のキハ23 520に対して、[[独立機関式冷房装置|サブエンジン式AU34形冷房装置]]を搭載する工事が施工された<ref name="RP742p23"/>。キハ45系で唯一の冷房車である<ref name="RP742p23"/>。高岡を経て山口地区に移り、[[2003年]](平成15年)[[10月]]まで使用され、キハ45系で最後の稼働車となった<ref name="RP742p8"/><ref name="RP742p23"/>。
==
1966年(昭和42年)10月・11月に房総各線、[[陸羽東線]]、[[城端線]]、[[氷見線]]、[[山口線]]用としてキハ23形1両、キハ45形31両が、北海道各線用としてキハ46形6両が製造され、以降1969年(昭和44年)3月までにキハ23・キハ24・キハ45・キハ46・キハ53の5形式、179両が投入された<ref name="RP742p6"/>。需要に応じ、両数が比較的少ない割に全国各地に配置され、初期は[[国鉄キハ10系気動車|キハ10系]]・キハ20系・キハ35系と、末期はキハ35系・[[国鉄キハ40系気動車 (2代)|キハ47系]]と混用され、普通列車だけでなく、一部[[急行列車]]にも使用された<ref name="JTBp177"/><ref name="RP742p6"/><ref name="RP742p7"/><ref name="RP768p23"/>。
[[File:Kiha 24 5 leaving Otoineppu station 1988-07.JPG|thumb|180px|[[音威子府駅]]を発車するキハ24。この時期、道北で運用されていたキハ24は2両のみ。<br />1988年7月撮影]]
北海道では当初キハ24 6両、キハ46 1両が[[函館運輸所|函館]]に配置され<ref name="RP742p70"/><ref name="RP742p72"/>、[[瀬棚線]]、[[江差線]]、[[函館本線]]など函館周辺の各線<ref name="JTBp177"/>で、キハ46の残り5両は[[苗穂運転所|苗穂]]に配置され<ref name="RP742p72"/>、[[札沼線]]、[[函館本線]]で運用された<ref name="JTBp177"/>。函館では「[[松前線#急行「松前」|松前]]」、「[[アイリス (列車)#急行→快速「せたな」|せたな]]」、「[[江差線#急行「えさし」|えさし]]」、釧路では「[[オホーツク (列車)|大雪]]」などの[[急行列車]]にも、キハ22形と共に使用された<ref name="RP768p23"/><ref name="RP768p55"/>。[[郡山総合車両センター|郡山]]にキハ24 4両が配置された<ref name="RP742p35"/><ref name="RP742p70"/>が、すぐに[[旭川運転所|旭川]]、[[池田駅 (北海道)|池田]]に移動し、旭川配置車が[[宗谷本線]]、[[天北線]]などで、池田配置車が[[根室本線]]、[[標津線]]、[[池北線]]などの周辺各線で運用された<ref name="JTBp177"/>。
東日本地区では[[千葉気動車区|千葉]]に暖地向け、[[新潟車両センター|新潟]]、[[長野総合車両センター|長野]]、[[小牛田運輸区|小牛田]]、[[郡山総合車両センター|郡山]]に寒地向けが配置された<ref name="RP742p70"/><ref name="RP742p71"/><ref name="RP742p72"/>。千葉配置車は房総各線の[[鉄道の電化|電化]]により[[1975年]](昭和50年)に[[水戸運転所|水戸]]、[[四国]]などに転じ、水戸の車両は[[水郡線]]で運用された<ref name="JTBp177"/>。新潟配置車は[[越後線]]・[[弥彦線]]などで運用されたが、両線が電化された[[1984年]](昭和59年)に水戸に転出した。小牛田・郡山に配置された寒地向けは[[北上線]]、[[陸羽東線]]、[[石巻線]]、[[只見線]]などで運用され<ref name="JTBp177"/>、急行「[[只見線#多層階建て急行「いなわしろ」|いなわしろ]]」に使用されることもあった<ref name="RP742p35"/><ref name="RP768p23"/><ref name="RP768p41"/>。
西日本地区では寒地向けが[[高岡鉄道部|高岡]]、[[福井地域鉄道部|福井]]に投入され、[[氷見線]]、[[城端線]]、[[高山本線]]北側などで、暖地向けが福井、[[七尾鉄道部|七尾]]、[[亀山鉄道部|亀山]]、[[和歌山電車区|和歌山]]、[[姫路運転区|姫路]]、[[広島運転所|広島]]、[[長門鉄道部|長門]]、[[幡生機関区|厚狭]]、[[山口鉄道部|小郡]]に新製配置され、[[関西本線]]、[[和歌山線]]、[[益田駅|益田]]以東の[[山陰本線]]を除く[[中国地方]]全域で運用された<ref name="RP742p69"/><ref name="RP742p70"/><ref name="RP742p71"/><ref name="RP742p72"/><ref name="JTBp177"/>。
四国に新製配置された車両はなく、いったん北海道各地に配置され、夏季輸送に供された19両が1967年(昭和42年)に[[高松運転所|高松]]、[[徳島運転所|徳島]]、[[高知運転所|高知]]に配置された<ref name="RP742p6"/><ref name="RP742p71"/>。のちに、房総地区電化で千葉から転入した車両が追加されたが、配置は徳島に集約され<ref name="RP742p6"/>、[[高徳線]]、[[牟岐線]]、[[徳島線]]で運用された<ref name="JTBp177"/>。
九州では[[筑豊篠栗鉄道事業部|直方]]、[[大分鉄道事業部|大分]]、[[鹿児島車両センター|鹿児島]]に計8両が新製配置されたにとどまった<ref name="RP742p70"/><ref name="RP742p71"/><ref name="RP742p72"/>が、のちに直方には他地区からキハ23、キハ45が転入し、[[筑豊]]地区で使用された<ref name="JTBp177"/><ref name="RP742p6"/>。大分にはキハ23 600番台全2両とキハ53 8、9が配置され、[[豊肥本線]]、[[久大本線]]などで運用された<ref name="JTBp177"/><ref name="RP742p72"/>。この4両は廃車まで大分を離れなかった<ref name="RP742p72"/>。鹿児島にはキハ53 100番台全2両が配置されたが、キハ45系の配置はこの2両のみだった<ref name="RP742p72"/>。鹿児島近郊の[[吉都線]]、[[肥薩線]]、[[山野線]]などで運用され、急行「[[くまがわ (列車)|からくに]]」に使用されることもあった<ref name="RP768p23"/><ref group="注">鹿児島配置のキハ53が長大編成対応の100番台となったのは、「からくに」に運用され、[[吉松駅|吉松]] - [[宮崎駅|宮崎]]間で「かいもん」「えびの」と併結されることを想定したものと思われる。</ref>。この2両も廃車まで鹿児島を離れなかった<ref name="JTBp177"/><ref name="RP742p72"/>。
[[1983年]](昭和58年)3月2日に[[木次線]]で発生した脱線事故でキハ53 6が同年3月22日付で[[廃車 (鉄道)|廃車]]されたのが本系列初の廃車である<ref name="RP742p8"/><ref name="RP742p23"/><ref name="RP742p72"/>。キハ45 20とキハ46 4は国鉄分割民営化直前の[[1987年]](昭和62年)2月と1月に廃車されており、この3両のみがJRに継承されなかった<ref name="RP742p71"/><ref name="RP742p72"/>。
[[File:JR West Kiha 23 507 Higashi Hagi.jpg|thumb|180px|[[東萩駅]]に進入するキハ23。津山色と広島色の混結。JR化後は各地区で独自の塗装が採用された。<br />1993年10月撮影]]
国鉄分割民営化に際しては、JR東海を除く旅客鉄道各社に176両が継承された<ref name="RP742p23"/><ref name="RP742p69"/><ref name="RP742p70"/><ref name="RP742p71"/><ref name="RP742p72"/>。1990年代から廃車が進行し、JR北海道所属車のうちキハ24は函館と苫小牧に、キハ46は苗穂に集約されていたが、[[1995年]](平成7年)までに全車廃車、JR東日本からは水郡線用が[[1992年]](平成4年)に廃車された後、小牛田に集約された更新済の寒地向けが[[2000年]](平成12年)に廃車されて消滅、JR四国では[[1991年]]までに全車廃車、JR九州所属車は、末期は大分にキハ23 600番台2両とキハ53 2両が、鹿児島にキハ53 100番台2両が残っていたが、これも[[1993年]](平成5年)に廃車された<ref name="RP742p69"/><ref name="RP742p70"/><ref name="RP742p71"/><ref name="RP742p72"/>。営業運転での使用はJR西日本山口鉄道部の1両(キハ23 520)による[[2003年]]([[平成]]15年)10月ダイヤ改正前の運用が最後となった<ref name="RP742p8"/>。また、保留車として[[下関総合車両所#本所|下関総合車両所本所]]にて保管されていた1両(キハ23 1)も、[[2009年]](平成21年)6月10日付で廃車<ref name="年鑑2010p60"/>、解体処分され<ref name=railf20090618/>、キハ45系は消滅した<ref name="年鑑2010p205"/>。
{{-}}
== 保存車 ==
[[File:JRH-DC Kiha24-2 20110824.jpg|thumb|180px|札幌市内の店舗で利用されていたキハ24 2<br />2011年8月撮影]]
キハ24 2が、廃車後札幌市内の店舗にて利用されていた<ref name="RP742p20"/>が、2015年に解体処分された<ref name=Response/>。
{{-}}
== 脚注 ==
=== 注釈 ===
260 ⟶ 286行目:
{{脚注ヘルプ}}
=== 出典 ===
{{Reflist|2
<ref name="JNR100-3p460">[[#JNR100-3|『100年の国鉄車両(3)』p460]]</ref>
<ref name="Sekai77p60">[[#Sekai77|『世界の鉄道 ‘77』p60]]</ref>
<ref name="Natori1995p213">[[#Natori1995|『キハ58と仲間たち』p213]]</ref>
<ref name="JTBp176">[[#JTB|『国鉄車両一覧』p176]]</ref>
<ref name="JTBp177">[[#JTB|『国鉄車両一覧』p177]]</ref>
<ref name="JTBp444">[[#JTB諸元|『国鉄車両一覧』p444]]</ref>
<ref name="JTBp445">[[#JTB諸元|『国鉄車両一覧』p445]]</ref>
<ref name="Kiha47p97">[[#JTB2009|『キハ47物語』p97]]</ref>
<ref name="RF66p9"> [[#RF66|『鉄道ファン』通巻66号p9]]</ref>
<ref name="RF66p10"> [[#RF66|『鉄道ファン』通巻66号p10]]</ref>
<ref name="RF66p11"> [[#RF66|『鉄道ファン』通巻66号p11]]</ref>
<ref name="RF235p26"> [[#RF235|『鉄道ファン』通巻235号p26]]</ref>
<ref name="RF235p27"> [[#RF235|『鉄道ファン』通巻235号p27]]</ref>
<ref name="年鑑1990p106">[[#年鑑1990DC|『新車年鑑1990年版』p106]]</ref>
<ref name="年鑑1990p107">[[#年鑑1990DC|『新車年鑑1990年版』p107]]</ref>
<ref name="RP702p46"> [[#RP702|『鉄道ピクトリアル』通巻702号p46]]</ref>
<ref name="RP742p6"> [[#RP742グラフ|『鉄道ピクトリアル』通巻742号p6]]</ref>
<ref name="RP742p7">[[#RP742グラフ|『鉄道ピクトリアル』通巻742号p7]]</ref>
<ref name="RP742p8">[[#RP742グラフ|『鉄道ピクトリアル』通巻742号p8]]</ref>
<ref name="RP742p10">[[#RP742あゆみ|『鉄道ピクトリアル』通巻742号p10]]</ref>
<ref name="RP742p11">[[#RP742あゆみ|『鉄道ピクトリアル』通巻742号p11]]</ref>
<ref name="RP742p12">[[#RP742あゆみ|『鉄道ピクトリアル』通巻742号p12]]</ref>
<ref name="RP742p13">[[#RP742あゆみ|『鉄道ピクトリアル』通巻742号p13]]</ref>
<ref name="RP742p19">[[#RP742あゆみ|『鉄道ピクトリアル』通巻742号p19]]</ref>
<ref name="RP742p20">[[#RP742あゆみ|『鉄道ピクトリアル』通巻742号p20]]</ref>
<ref name="RP742p21">[[#RP742あゆみ|『鉄道ピクトリアル』通巻742号p21]]</ref>
<ref name="RP742p22">[[#RP742あゆみ|『鉄道ピクトリアル』通巻742号p22]]</ref>
<ref name="RP742p23">[[#RP742あゆみ|『鉄道ピクトリアル』通巻742号p23]]</ref>
<ref name="RP742p35">[[#RP742登場|『鉄道ピクトリアル』通巻742p35]]</ref>
<ref name="RP742p39">[[#RP742形式|『鉄道ピクトリアル』通巻742号p39]]</ref>
<ref name="RP742p40">[[#RP742形式|『鉄道ピクトリアル』通巻742号p40]]</ref>
<ref name="RP742p41">[[#RP742形式|『鉄道ピクトリアル』通巻742号p41]]</ref>
<ref name="RP742p69">[[#RP742車歴|『鉄道ピクトリアル』通巻742号p69]]</ref>
<ref name="RP742p70">[[#RP742車歴|『鉄道ピクトリアル』通巻742号p70]]</ref>
<ref name="RP742p71">[[#RP742車歴|『鉄道ピクトリアル』通巻742号p71]]</ref>
<ref name="RP742p72">[[#RP742車歴|『鉄道ピクトリアル』通巻742号p72]]</ref>
<ref name="RP742p73">[[#RP742車歴|『鉄道ピクトリアル』通巻742号p73]]</ref>
<ref name="RP742p74">[[#RP742車歴|『鉄道ピクトリアル』通巻742号p74]]</ref>
<ref name="RP742p84">[[#RP742カラー|『鉄道ピクトリアル』通巻742号p84]]</ref>
<ref name="RP742p85">[[#RP742カラー|『鉄道ピクトリアル』通巻742号p85]]</ref>
<ref name="年鑑2004p48">[[#年鑑2004動向|『鉄道車両年鑑2004年版』p48]]</ref>
<ref name="年鑑2004p206">[[#年鑑2004一覧|『鉄道車両年鑑2004年版』p206]]</ref>
<ref name="RP768p23">[[#RP823大全|『鉄道ピクトリアル』通巻768号p23]]</ref>
<ref name="RP768p41">[[#RP823撮った|『鉄道ピクトリアル』通巻768号p41]]</ref>
<ref name="RP768p55">[[#RP823北南|『鉄道ピクトリアル』通巻768号p55]]</ref>
<ref name="RP823p20">[[#RP823あゆみ|『鉄道ピクトリアル』通巻823号p20]]</ref>
<ref name="RP823p21">[[#RP823あゆみ|『鉄道ピクトリアル』通巻823号p21]]</ref>
<ref name="RP823p24">[[#RP823dwg|『鉄道ピクトリアル』通巻823号p24]]</ref>
<ref name="年鑑2010p60">[[#年鑑2010動向|『鉄道車両年鑑2010年版』p60]]</ref>
<ref name="年鑑2010p205">[[#年鑑2010一覧|『鉄道車両年鑑2010年版』p205]]</ref>
<ref name="年鑑2010p211">[[#年鑑2010消滅|『鉄道車両年鑑2010年版』p211]]</ref>
=== Web資料 ===
<ref name=railf20090618>{{cite web|url=http://railf.jp/news/2009/06/18/161500.html|title=キハ23 1が解体される|publisher=[[鉄道ファン (雑誌)|railf.jp]]|date=2009-06-18|accessdate=2016-05-29}} </ref>
<ref name=Response>{{cite web|url=http://response.jp/article/2015/02/23/244977.html|title=近郊型気動車キハ45系の生き残りがついに消滅|publisher=[[Response.]]|date=2015-02-23|accessdate=2015-03-02}}</ref>
}}
== 参考文献 ==
===書籍===
*{{Cite book|和書|author= 日本国有鉄道工作局・車両設計事務所|authorlink = |coauthors =|year = 1975|title = 100年の国鉄車両(3)|publisher = [[交友社]]|ref = JNR100-3|id =|isbn = }}
*{{Cite book|和書|author= |authorlink = |coauthors =|year = 1977|title = 世界の鉄道 ’77|publisher = [[朝日新聞社]]|ref = Sekai77|id =|isbn = }}
* {{Cite book|和書|author = |authorlink = |coauthors =|year = 1986|title = 国鉄車両一覧|publisher = [[ジェイティービー]]|ref = JTB1986|id =|isbn = 4533055568}}
** {{Cite journal ja-jp|和書|author=|year= |month= |title=キハ23・45系 |journal= |issue= |pages= 176-177 |publisher= |ref = JTB}}
** {{Cite journal ja-jp|和書|author=|year= |month= |title=国鉄車両諸元表 |journal= |issue= |pages= 328-510 |publisher= |ref = JTB諸元}}
*{{Cite book|和書|author= 名取紀之|authorlink = |coauthors =|year = 1995|title = キハ58と仲間たち|publisher = [[ネコ・パブリッシング]]|ref = Natori1995|id =|isbn = }}
*{{Cite book|和書|author= 石井幸孝|authorlink = |coauthors =|year = 2009|title = キハ47物語|publisher = [[JTBパブリッシング]]|ref = JTB2009|id =|isbn = 9784533074271}}
===雑誌記事===
* 『[[鉄道ファン (雑誌)|鉄道ファン]]』通巻66号(1966年12月・交友社)
** {{Cite journal ja-jp|和書|author=|year= |month= |title=新車インタビュー 通勤形ディーゼル動車 キハ45形|journal= |issue= |pages= 8-11 |publisher= |ref = RF66}}
* 『鉄道ファン』通巻235号「特集 国鉄の気動車」(1980年10月・交友社)
** {{Cite journal ja-jp|和書|author=寺内良和|year= |month= |title=国鉄気動車ショートヒストリー |journal= |issue= |pages= 14-30 |publisher= |ref = RF235}}
* 『鉄道ピクトリアル』通巻534号「新車年鑑1990年版」(1990年10月・[[電気車研究会]])
** {{Cite journal ja-jp|和書|author=|year= |month= |title=キハ58形ほか 気動車機関更新工事・車両更新工事 |journal= |issue= |pages= 106-107 |publisher= |ref = 年鑑1990DC}}
* 『鉄道ピクトリアル』通巻702号「特集 60系鋼体化客車(II)」(2001年6月・電気車研究会)
** {{Cite journal ja-jp|和書|author=|year= |month= |title=60系鋼体化客車【郵便荷物・事業用車編】 |journal= |issue= |pages= 33-49 |publisher= |ref = RP702}}
* 『鉄道ピクトリアル』通巻742号「特集 キハ35・45系」(2004年2月・電気車研究会)
** {{Cite journal ja-jp|和書|author=|year= |month= |title=キハ45系 |journal= |issue= |pages= 6-8 |publisher= |ref = RP742グラフ}}
** {{Cite journal ja-jp|和書|author=|year= |month= |title=国鉄通勤型・近郊型 ディーゼル動車のあゆみ |journal= |issue= |pages= 10-32 |publisher= |ref = RP742あゆみ}}
** {{Cite journal ja-jp|和書|author=|year= |month= |title=キハ35・45系 登場のころ |journal= |issue= |pages= 33-35 |publisher= |ref = RP742登場}}
** {{Cite journal ja-jp|和書|author=|year= |month= |title=キハ35・45系気動車 形式集 |journal= |issue= |pages= 36-45 |publisher= |ref = RP742形式}}
** {{Cite journal ja-jp|和書|author=|year= |month= |title=キハ35・45系 車歴表 |journal= |issue= |pages= 64-74 |publisher= |ref = RP742車歴}}
** {{Cite journal ja-jp|和書|author=|year= |month= |title=キハ45系カラーバリエーション |journal= |issue= |pages= 84-85 |publisher= |ref = RP742カラー}}
* 『鉄道ピクトリアル』通巻753号「鉄道車両年鑑2004年版」(2004年10月・電気車研究会)
** {{Cite journal ja-jp|和書|author=|year= |month= |title=2003年度 JR車両動向 |journal= |issue= |pages= 36-53 |publisher= |ref = 年鑑2004動向}}
** {{Cite journal ja-jp|和書|author=|year= |month= |title=各社別新造・改造・廃車一覧 |journal= |issue= |pages= 192-208 |publisher= |ref = 年鑑2004一覧}}
* 『鉄道ピクトリアル』通巻768号「特集 遜色急行」(2005年11月・電気車研究会)
** {{Cite journal ja-jp|和書|author=寺本光照|year= |month= |title=遜色急行大全 |journal= |issue= |pages= 10-25 |publisher= |ref = RP768大全}}
** {{Cite journal ja-jp|和書|author=根本幸男|year= |month= |title=私の撮った"遜色急行" |journal= |issue= |pages= 38-41 |publisher= |ref = RP768撮った}}
** {{Cite journal ja-jp|和書|author=山田亮|year= |month= |title=北と南の遜色急行 |journal= |issue= |pages= 53-55 |publisher= |ref = RP768北南}}
* 『鉄道ピクトリアル』通巻823号「特集 キハ20系」(2009年9月・電気車研究会)
** {{Cite journal ja-jp|和書|author=岡田誠一|year= |month= |title=国鉄キハ20系気動車のあゆみ |journal= |issue= |pages= 10-23 |publisher= |ref = RP823あゆみ}}
** {{Cite journal ja-jp|和書|author=|year= |month= |title=キハ20系形式図 |journal= |issue= |pages= 24 |publisher= |ref = RP823dwg}}
* 『鉄道ピクトリアル』通巻840号「鉄道車両年鑑2010年版」(2010年10月・電気車研究会)
** {{Cite journal ja-jp|和書|author=|year= |month= |title=2009年度JR車両動向 |journal= |issue= |pages= 44-66 |publisher= |ref = 年鑑2010動向}}
** {{Cite journal ja-jp|和書|author=|year= |month= |title=各社別新造・改造・廃車一覧 |journal= |issue= |pages= 190-206 |publisher= |ref = 年鑑2010一覧}}
** {{Cite journal ja-jp|和書|author=|year= |month= |title=2009年度JRの形式消滅車両 |journal= |issue= |pages= 210-211 |publisher= |ref = 年鑑2010消滅}}
== 関連項目 ==
278 ⟶ 405行目:
{{JR四国の車両リスト}}
{{JR九州の車両リスト}}
{{DEFAULTSORT:こくてつきは45けいきとうしや}}
|