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'''ジョン・キリアン・ヒューストン・ブラナー'''('''John Kilian Houston Brunner'''、[[1934年]]9月24日 - [[1995年]]8月26日)は、多作で知られた[[イギリス]]の[[SF作家]]。
 
彼は[[オックスフォードシャー]]の Preston Crowmarsh で生まれ、[[チェルトナム]]で育った。17歳のときにジル・ハントの筆名で ''Galactic Storm'' という処女長編小説を書いたが、専業作家となったのは[[1958年]]である。1953年から1955年の間[[イギリス空軍]]で働き、1958年に結婚。
 
初期の作風は普通の[[スペースオペラ]]であったが、後に実験的な小説を書くようになる。[[1968年]]の小説 ''Stand on Zanzibar'' は[[1969年]]の[[ヒューゴー賞]]長編小説部門を受賞し、現在でも古典的名作とされている(邦訳なし)。
 
ブラナーの最も有名な作品は、[[1975年]]の先駆的[[サイバーパンク]]作品とも言える『衝撃波を乗り切れ』(''The Shockwave Rider'')であろう。この作品では彼は「[[ワーム (コンピュータ)|ワーム]]」(コンピュータネットワーク上で複製を作って増殖するソフトウェア)という用語を生み出した。また、この作品は[[アルビン・トフラー]]の『未来の衝撃』を読んで影響を受けたブラナーが書き、逆に『衝撃波を乗り切れ』を読んでトフラーが『第三の衝撃』を書いたことでも有名である。
 
彼の健康は[[1980年代]]に衰えはじめ、[[1986年]]に彼の妻が亡くなると自身の健康状態も悪化した。[[1991年]]に再婚。ブラナーは[[スコットランド]]の[[グラスゴー]]で開催されていた[[ワールドコン]]に参加中に心臓発作で亡くなった。
 
== 作品リスト ==
* 『次元侵略者』''Meeting at Infinity'' ([[1961年]])
* 『テラの秘密調査官』''Secret Agent of Terra'' ([[1962年]])
* 『銀河系の悪魔 スーパー・バーバリアン』''The Super Barbarians'' (1962年)
* 『幻影への脱出』''The Dreaming Earth'' ([[1963年]])
* 『テレパシスト』''The Whole Man'' ([[1964年]], 後に ''Telepathist'' と改題)
* 『星は人類のもの連盟』''The Long Result'' ([[1965年]])
* 『流れ星をつかまえろ』''Catch a Falling Star'' ([[1968年]])
* ''Stand on Zanzibar'' ([[1968年]])
* 『原始惑星への脱出』''Polymath'' ([[1974年]])
* 『衝撃波を乗り切れ』''The Shockwave Rider'' ([[1975年]])
 
{{生没年|ふらなあ しよん|1934年|1995年}}
[[Category:イギリスの小説家|ふらなあ しよん]]
[[Category:SF作家|ふらなあ しよん]]
 
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[[de:John Brunner]]
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