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'''マラキ書'''とは[[旧約聖書]]文書の1つ。[[ユダヤ教]]では「後の預言者」、[[キリスト教]]では[[預言書]]に分類する。預言書のなかではもっとも最後に配置され、[[ゼカリヤ書]]の後に配置される。キリスト教でいう[[十二小預言書]]のひとつ。3章からなる。預言の主題は宗教儀式の厳守、及び[[雑婚]]の禁止である。マラキは当時の形式的な礼拝を咎めた
 
前半部分では[[裁判]]の判例のような議論形式、質疑応答で、神とイスラエルの人々との受け答えが続いている。
筆者の名とされる「マラキ」(マラ1:1)とはヘブライ語で「私の使者」という意味である。本書中には、筆者についての情報は名前以外には与えられない。
 
== マラキについて ==
[[裁判]]の判例のような議論形式で、神とイスラエルの人々との受け答えが続いている。
筆者の名とされる「マラキ」(マラ1:1)1 以下、マラと略記)とはヘブライ語で「私の使者」、「私の天使」という意味である。本書中には、筆者についての情報は名前以外には与えられない。また、マラキとは単純に神の使者を意味すると考えることも出来る。(マラ3:1)[[タルムード]]には「グレート[[シナゴーグ]]」の一員であったと記されているが詳細は定かではない。
 
[[ジャン・カルヴァン]]は、「マラキ」は[[エズラ]]の名字であるとしている。(但し確定できる証拠はない。)また捕囚帰還民であった[[モルデカイ]]の仲間の1人であるとする説も存在する。
 
このように諸説はあるが、「マラキ」自体は人名ではなく、匿名の預言者によってこの書が著されたとするのが通説である。
 
== 背景 ==
当時、捕囚から帰還した頃は市民権の保証がなく、[[干ばつ]]や大量発生した[[イナゴ]]のため[[凶作]]が続き、更には周囲に敵意を持つ民族が居住していたため、非常に衰退していた。そのような状態でイスラエルの民は神殿を再建した。しかし、エルサレムはペルシアからも独立出来ず、ハガイ2:2で語られたような約束された栄光を見てはいなかった。
 
また民の中の資産家はそれを増やす手段を選ばず、軽率な[[離婚]]や[[異邦人]]との[[結婚]]などを行っていた。[[祭司]]はそれを止めようともせずにむしろ助長させていた。平気で皆が律法を破るようになっていたのである。
 
このように祭司の堕落や、軽薄な雑婚、捧げ物の不履行などが蔓延していた。
 
上記のように[[ネヘミヤ]]が[[エルサレム]]に不在で人々が混乱に陥っている際にマラキがメッセージを語ったのである。しかし鈍感になっていた民は繰り返される預言に対して「どのように」と繰り返した。(マラ1:2他、多数)その民衆を呼び覚ますために預言が使わされたのである。
 
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[[Category:旧約聖書|まらきしよ]]
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