「洗礼」の版間の差分

 
===幼児洗礼===
教会の信仰に基づき、乳児や児童に授けられる洗礼を[[幼児洗礼]]または[[小児洗礼]]という。
洗礼は本人の信仰告白に基づき授けられる[[成人洗礼]]が本来であるが、両親もしくは教会の信仰に基づき、乳児や児童に授けられる洗礼を[[幼児洗礼]]または[[小児洗礼]]という。[[宗教改革]]以前より存する歴史的に古い教派では、むしろこれが中世以来常態化している。西方教会においては、幼児洗礼者は成長した後に自らの意思で信仰を言い表す([[堅信]]礼・あるいは信仰告白式)までは準構成員とされ、成人洗礼者と区別される。東方教会では幼児洗礼の場合もただちに続いて堅信([[傅膏機密]])を行い、そのような区別を設けない。
 
幼児洗礼は、キリスト教初期からすでに行なわれ、今日まで行なわれ続けてきた。
西方教会では、幼児洗礼は、中世以降、誕生後間をおかず行われるようになった。中世のフランスの資料には、誕生の翌日あるいは二日後、代父母が嬰児を教会に連れていき洗礼を受けさせ、両親は在宅して彼らの帰途を待つという記述がある。これはカトリックの教義で、洗礼を受けない魂は地獄(ただしリンボと呼ばれる場所)に行くという考えがあり、早期の洗礼を望むようになったからといわれる。また西方教会では、出生の登録は教会の管掌であり、洗礼式は実質的に命名式および出生登録を兼ねていた。一方、リンボの教義をもたず自覚的に罪を犯すようになる前の幼児は罪に問われることが無いとする東方教会では、洗礼はもっと後になって行われた。東方正教会では出生40日後までは産婦が教会に来ることを禁じ、それ以降に洗礼式が行われる。
キリスト者の家庭に生まれた幼子はすでにキリストの教会の肢の一つであると理解され、神の民の肢として理解される。
 
 ツヴィングリは、幼児洗礼は、神の民の肢として生まれた子供に対して、教会が責任を持つしるしであると理解した。
 カルヴァンも、キリスト者の幼子は、すでにキリストの教会の生きた肢であると考え、このキリスト者の幼子も、神の民の中に生まれたのであるから、洗礼を妨げてはならないと考える。
 マルチン・ルターは、幼児洗礼は「神の賜物」であって、完全に受動的に受ける聖霊の働きであると理解した。洗礼によって受ける聖霊の働き(神が幼子のうちに初めて下さる御霊の働き )によって、心からの真実な信仰の告白に導かれると理解した。
 
 幼児洗礼が古代教会において、明らかな事実としてなされたことの理由は、「神ご自身が洗礼を通して行為しておられる」という理解によっていた。
また幼子は弱く、神の恵みに委ねることなくしては成長できないと考えられていた。
 幼児洗礼は、神が、洗礼を通して幼子をあわれみ、洗礼によってキリストにゆだねられ、闇の支配から聖霊によっていのちへ移されるその確信において、洗礼がほどこされたのである。
 
しかし、洗礼が、神に対する人間の従順の行為(人間から神への誓約)とされ、神の人間に対する救いの業として理解されなくなったなら、幼児洗礼は否定されるだろう。
 
===洗礼の相互承認===
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