「ミッチ・ケイパー」の版間の差分

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この成功を機に、[[1982年]]にロータスデベロップメントを設立。[[ジョナサン・ザックス]]と組んで表計算ソフトの開発に取り組み、完成した Lotus 1-2-3 は同年秋の COMDEX で発表された。画面上で見られるオンラインヘルプ機能やチュートリアル用のディスクが初めて提供され、また顧客サポートのための専門部門も初めて設置されたことでユーザーからの圧倒的な支持を得、瞬く間に表計算ソフトのトップシェアを獲得した。ケイパーは1982年から[[1986年]]までロータス社の社長(後に会長)兼最高経営責任者を、[[1987年]]までディレクターを務めた。[[1983年]]に同社は5300万ドルの収益を成し遂げ、[[1984年]]には1億5600万ドルにまで収益が倍になった。従業員の数は[[1985年]]までに1000人以上に達した。
 
1986年に退社後、[[1990年]]にデジタル権利活動家の[[ジョン・ペリー・バーロ]]、[[ジョン・ギルモア]]らとともに[[電子フロンティア財団]]を共同設立。[[1994年]]まで長を務めた。[[2001年]]には[[オープンソース・アプリケーション財団]]を設立。ケイパーは代表兼会長を務め、[[Microsoft Outlook]] に対抗する[[オープンソース]]の [[PIM]] ソフトウェア Chandler の開発に取り組んでいる。
 
他にこのほか、[[2003年]]に設立された [[Mozilla Foundation]] の理事長も務めた。ベンチャーキャピタルのケイパー・エンタープライズ、環境衛生に対する慈善団体のミッチェル・ケイパー財団、教育と職場に公正さを提供する民間非営利団体の Level Playing Field Institute も設立している。[[バーチャルリアリティ|バーチャル世界]] [[Second Life]] を開発した [[リンデン・ラボー|Linden Lab]] の役員、[[ウィキメディア財団]]の諮問委員会メンバーでもある。
 
妻 Freada Kapor Klein は Level Playing Field Institute を共同設立した活動家。ケイパー夫妻は[[サンフランシスコ]]に住んでいる。
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