「京都市交通局広軌1形電車」の版間の差分

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新車の増備に伴い、1938年に長崎電気軌道へ[[長崎電気軌道80形電車|80形]]として5両、大連都市交通([[大連市電]])へ10両が譲渡され、1940年から段階的に廃車を開始する。同年中に14両、1946年に31両、1948年に42両、1949年に13両を廃車し、1952年に最後に残った33両を廃車して全廃となった。
 
終戦直後の1947年12月10日から1948年10月20日までの間、電動機故障した1形22両が、[[京都市交通局600形電車|600形]]のトレーラーとなる「[[親子電車#京都市電|親子電車]]」として運用されている。
 
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