「安藝ノ海節男」の版間の差分

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===その後===
常ノ花の娘と結婚し年寄名跡[[藤島|藤嶋]]を継承、当然次の出羽海親方の有力候補だったが離婚問題で平年寄に降格されると廃業してしまった。
 
安藝ノ海の実家は、広島市の海岸沿い、[[宇品港]]の近くにあった。戦時中、[[大日本帝国陸軍|日本陸軍]]の兵隊は皆この港から外地へ送られた。そういう人達を相手にする色街に安藝ノ海は生まれた。実家で母親が長らく駄菓子屋を営み、近所の子供達のたまり場となっていたが、近年[[広島高速道路3号線|高速道路]]建設による立ち退きで消失した。
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