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* 同一のタイミングにおいて、[[世界救世教]]に限らない、岡田茂吉の記述があるさまざまな項目に対して同等の文章を挿入している。
* 文章の記述には岡田茂吉に対する明かな悪意が感じられ、記述の動機がWikipediaの充実ではなく、悪意にあることが一目瞭然である。
* 記述は文脈を無視しており、そこに挿入する合理性や必然性なく、その結果、項目の情報としての品質を損なわしている。
* そもそも、その内容は真実ではない。または、悪意に歪曲して表現している。
 
== 教祖である岡田茂吉は、脱税・収賄・医師法違反での逮捕歴がある。 は、真実ではない ==
 
この内容は、[[ノート:世界救世教]]を参照してください。
荒らし行為を行うものがこの記述を行う論拠は、以下のホームページの記述にあります。
 
[http://www13.ocn.ne.jp/~ryouran/html/kyuusei.html 世界救世教の誤りを破す]
 
むしろ、このホームページの記述以外に論拠をもっていないとも言えます。なお、このホームページは、他の宗教をすべて邪教とする傾向が強い[[日蓮正宗]]系のホームページであり、世界救世教に限らずさまざまな宗教に対して批判的な記載を行っているページであることを付記しておきます。
 
まず、このホームページに記載されている、
「昭和11年と15年の2回、茂吉は医師法違反で逮捕されています。」
という記述は、真実ではありません。
 
その根拠はWikipediaの記述より簡単にわかります。
[[医師法]]
の記載をみて頂くと、医師法という法律は、[[昭和23年]]に成立、施行された法律です。従って、昭和11年、および昭和15年に医師法違反で逮捕されたということはあり得ないことはすぐにわかります。
 
そもそも、逮捕されたという表現より現代人が想像するのは、法律に違反したため警察に逮捕されたということになりますが、[[日本の警察]]の項目の記述をみるとわかるとおり、[[1933年]](昭和8年)より、[[1948年]](昭和23年)迄の間、すなわち岡田茂吉教祖が逮捕されたとする昭和10年代は、警察以外に[[憲兵 (日本軍)]]が一般人に対する逮捕や尋問などを行っていた時代でした。すなわち、現代と当時ではまったく事情が異なっているのです。
 
当時の[[憲兵 (日本軍)]]が行っていたことは、思想の徹底的な抑圧であり、天皇を神とする思想に反する言動を行うものの投獄や拷問を含めた弾圧行為でした。そのため、その時代は多くの思想家や宗教家がぬれぎぬを着せられ、不当な投獄を蒙ったり、拷問によって死亡にまで至った例まである時代であり、世界救世教教祖、岡田茂吉もその例に漏れず、軍人らによる思想弾圧を目的とする迫害を蒙ったのが、昭和10年、昭和15年などの投獄でした。
 
従って、その当時の事情に言及することなく、これを逮捕されたなどという表現で犯罪者扱いにするような記載は、百科事典として記事の正確性を目指すWikipediaの記述としては適切ではありません。なお、この投獄事件に関しては、岡田茂吉教祖はそのときの事情を文章として詳細に残しており、調べればそのときの様子を知ることが可能となっています。
 
 
次に、「教祖が脱税で逮捕された」という事実もありません。
昭和23年に、教団による財務処理の不備(財務を正しくできる人間が不在であることや、急激な発展に対する組織整備の遅れ)のため、教団本部が家宅捜索を受けたという事実がありました。
 
この騒動自体は、単なる申告の記載漏れとして理解され、追徴金を納めることで一応の決着がつき、もちろん岡田茂吉教祖の逮捕などは行われておりません。しかし、世間に注目を受けていた当時の教団は、この事件を大きく揶揄されたのです。
 
当時のマスコミは、現代と違い、不当な報道に対する自浄機関も全く有しておらず、公平で客観的な報道を行っているとはいえない時代でした。そのため、この事件も非常に大げさに揶揄され、教団の資産は「20億から30億円」などという事実とは異なる記事が、大新聞であっても現在の三面記事、大衆週刊誌レベルの意識で、読者の興味を引く目的により報道されました。
 
そして、昭和25年にある事件によって教祖の逮捕が行われるわけですが、当時の報道機関は、あたかも昭和23年の脱税騒動と連動するかのようにその逮捕が行われたかのような報道を行ったのです。昭和25年当時の新聞がこぞって、「贈賄で脱税」などという見出しの報道を行ったのですが、実際には容疑に脱税の要素はなく、当時の新聞の誤報です。
 
この誤報のため、現代でも、「岡田茂吉は脱税と贈収賄で逮捕歴がある」と誤解されるのですが、昭和23年の脱税騒動と昭和25年の逮捕とは無関係です。
 
昭和25年の逮捕というのは贈賄容疑です。したがって荒らし行為の「教祖である岡田茂吉は、脱税・収賄・医師法違反での逮捕歴がある。」という記述は、容疑は贈賄ですから、「収賄」という記述まで考慮すると、'''一つの真実もない'''わけです。仮に贈賄と書き換えたとすると、その部分のみにおいては真実になりますが、それがうわさ話を楽しむ2chのような所でしたら構いませんが、百科事典として正確な記述を目指すWikipediaとしては、その記述表現では情報の正確さを欠きます。
 
というのは、この贈賄事件は、結論として間接的に無罪となっているからです。
 
贈収賄というのは、当然、贈賄側と収賄側がいます。岡田教祖は贈賄側とされており、この裁判は、当時の警察による「頭脳の拷問」といわれる取り調べの結果の自白を唯一の証拠とする判決により、一審において有罪となっています。当時の教団側弁護団は、この裁判の不当性、および、控訴による勝利の確信のため、控訴を強く勧めましたが、岡田教祖は以下の発言を残し、控訴を行いませんでした。
 
「いままで教団は、短期間に発展したため、ねたんだり、恨んだりしている人々も世間にはたくさんいるはずだ。けれども今日の判決で有罪と宣告されたので、そういう人々の思いが消えるから、かえって結構なことなんだ。それに有罪といっても、執行猶予なのだから、別にどうということはない」(東方の光下巻P289)
 
しかし、収賄側とされる教団外の人物らは納得がいかず、控訴を行い、その結果、教祖の自白には任意性が認められず証拠としての能力がないとし、収賄側は無罪となりました。このことにより、この贈収賄事件は、贈収賄の収賄側が無罪ということで、必然的に事件自体が存在していなかったことが証明され、教祖の無実が間接的に実証された結果となっているというのがこの騒動の顛末です。
 
ちなみに、教祖の「自白」というのは、「私がやりました」と言ったのではなく、教祖の発言と、教祖以外の容疑者の発言が一致したので、共謀を行ったのだろうと検察は判断した、という程度のものでした。
 
 
なぜ、このような無実の逮捕劇が起きたかというと、、昭和20年代というのは、昭和23年、[[GHQ]]の要請により警察法が制定され、警察組織がようやく機能し始めた時代でしたが、そのときの警察担当者は、戦前の[[憲兵 (日本軍)]]がそのまま警察の担当者を引き継いでいる例が多く、そのため警察といえど当時の思想による迫害行動をいまだに継続し、信教の自由こそは憲法で保障されたものの、実際には警察においても思想弾圧の色がまだ強く残っていた時代でもありました。こういった時代背景が、このような事件を起こしたのだと思われます。
 
 
なお、この事件に関しても、岡田茂吉教祖は多くの文章を残しており、当時、教祖がどのような仕打ちを受けたのかについても知ることが可能です。
 
したがって、もしこの件に関してWikipediaに書くのならば、上記の間接的に無罪となったという歴史的な事実や、当時の平等とは言えない警察や報道機関の事情、および、上記の発言の背景となる教祖の思想にまで言及して記述すべきだといえますが、現在の[[世界救世教]]の項目は、この件に言及するほどの記述の充実性は無く、それにも拘わらず「教祖である岡田茂吉は、脱税・収賄・医師法違反での逮捕歴がある。」とだけ連続的に各所に文章を挿入する行為は、真実を表現することを目的とした記述ではなく、単に岡田茂吉教祖への個人的な悪感情を表現したいにすぎないための記述であるため、この記述は荒らし行為にすぎないと断定できます。
 
 
[[利用者:Brandy of plum|Brandy of plum]] 2007年6月3日 (日) 10:34 (UTC)
 
:いくら日本が軍国主義になっていても、警察が機能していなかったわけではありませんよ。 -- [[利用者:NiKe|NiKe]] 2007年6月4日 (月) 02:55 (UTC)
 
:なるほど、たしかにそうですね。そのような内容に書き直しました。 それにしてもよくここを見つけましたね。[[利用者:Brandy of plum|Brandy of plum]] 2007年6月5日 (火) 03:19 (UTC)
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