「公文」の版間の差分

 
== 荘園における公文 ==
荘園においては国衙や[[本所]]に対して提出する文書を作成する者を「'''公文'''」と呼んだが、後には文書を担当する者以外に対しても広く使われるようになり、荘園の下級荘官の役職として「'''公文'''」の称が用いられて[[開発領主]]が任命されて子孫に継承されていった。荘園彼らは現地公文は必ずしも村々における責任者が任じられとし荘園ならびにそこに住む[[農民]]を監督す場合も多く役目を担い、[[領家]]・[[地頭]]・[[農民]]間において対立が生じるとその間に挟まれて苦慮する立場でもあった。
 
なお、[[検注]]に際して国衙側の公文が持つ土地台帳と荘園側の公文が持つ台帳を勘合する際の事務経費を'''公文勘料'''(くもんかんりょう)と呼び、検注時に農民に対して臨時に賦課されて、実際の経費及び実務に当たった荘園側の公文に対する[[得分]](報酬)として宛がわれた。
 
[[category:日本の制度史|くもん]]
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