「タイロナ」の版間の差分

 
タイロナの政治、統治組織についてはほとんどわかっていないが、何度かの調査によっていくつかの中心地を持つ連邦制的な側面があると考えられてきた。集落を形成する文化であって政治的宗教的な統御(統制、統治)を行なうために、何段階ものヒエラルキー(階級構造)があったと思われる。しばしば集落の中心には、マウンドや基壇をともなう神殿や宮殿が建てられた。しかし、タイロナの集落は中心となる「町」に住む有力な首長のもとで結びついていた。[[ライヘル・ドルマトフ]]は、[[アンデス文明|アンデス]]社会やコロンビアの他の地域の特徴的な文化の社会的政治的な発展段階との比較により、よりすすんだ形態との位置づけとして、タイロナの国家形態を「集落[[封建制]]<ref>原文では、village federation</ref>」と呼んでいる。
人口1000人くらいのいくつかの町には[[カシケ]](首長<ref>酋長とも訳される語であるが侮蔑的な語感を伴うためさけることとした。中立的な英訳としてはChiefdomのchiefということになり、Chiefdomは通常「首長制国家」と訳されることから首長とした。</ref>)がいたと思われる。よりよく統治をすることができる人物として首長がいたことが、神官のような半神格化された指導者が中心的な役割を果した他のスペイン征服以前のアメリカ古代文化の担い手たちとは異なっている。首長は、儀礼的な役割、執政官としての役割、裁判官としての役割を果していた。首長たちはそれぞれ異なった意見を持つことができたが、一方では、タイロナ国家に共通する文民統治機構には、やはり祭司たちがかかわっていた。祭司たちは執政官としての権限はまったくなかったが、尊敬され、さらには崇敬すらされていた。そのため、祭司たちの意見が、会議の決定に著しい影響を与えることもあった。神々の戒めを通して庶民の生活に影響を与えていた。
タイロナの軍事組織には常備軍的なものは存在しなかったが、それぞれの「町」<ref>[[スペイン語]]で、都市をあらわすciudadが充てられることがあるが、人類学的にはともかく、現在的な都市とは規模や性格も異なることから「町」とした。</ref>から屈強な男性が選ばれ、戦いのために訓練を受けていた。またそれがそれぞれの「町」の首長たちで構成する会議体がそれぞれの「町」に課した義務でもあった。訓練が終わると男たちは「マニカトス(Manicatos)」に異動することになった。「マニカトス」はタイロナ国家の軍事組織であった。
[[Image:Taironapendants metropolitan 2006.jpg|thumb|350px|right|メトロポリタン美術館にあるタイロナ文化の黄金ペンダント]]
 
==タイロナの貴金属製品==
タイロナは金細工が盛行したことによって知られており、たくさんの論文が書かれている。タイロナは[[失蝋法]]の技術によって、かなりの水準に発展を遂げていた。金細工師たちは、蝋でまず型を作って、粘土でその型を包み鋳型とする。粘土の鋳型をあたためて、蝋がとけるようにして、その後、蝋がとけだして空になった空間に液体になった金を流し込む。そして、金が冷えて凝固すると金細工師の望んだとおりの形ができる。[[錫]]、[[金]]、[[銅]]の合金である[[トゥンバガ]]を使うことが資源の節約や金をとかしやすくすることから認められていた。金の純度を高めるために、銅が[[酸化]]したあとに熱して、そのあとに冷たい水につけた。
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