「喜連川昭氏」の版間の差分

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'''喜連川 昭氏'''('''きつれがわ あきうじ''')は、[[江戸時代]]の[[大名]]。[[下野国|下野]][[喜連川藩]]の第43代藩主。
 
{{武士/開始|喜連川昭氏}}
{{武士/父母|父:[[喜連川尊信]]、母:側室[[一色氏久]]の孫娘}}
{{武士/兄弟|'''喜連川昭氏'''、[[喜連川氏信]]}}
{{武士/妻|正室:桜井[[松平忠倶]]の養女([[織田信勝]]の娘)<br><small>※忠倶の実の娘とも</small>}}
{{武士/子|1男1女菊千代、長女:娘([[喜連川氏春]]の正室)<br>養子:''喜連川氏信''、''喜連川氏春''}}
{{武士/終了}}
 
寛永19年(1642年)10月24日、第32代藩主・尊信の長男として生まれる。[[慶安]]元年([[1648年]])、父の[[隠居]]により後を継ぐが、幼少のために父と後見人の[[榊原忠次]](松平忠次)の補佐を受けた。正徳3年(1713年)11月12日に死去。享年72。
 
男児が早世したため、はじめ弟の氏信を養嗣子にしたが、後にこれを廃嫡早世ていたため、婿養子の氏春が後を継いだ。墓所は[[栃木県]][[さくら市]]の龍光寺。
 
 
{{先代次代|[[喜連川藩|喜連川足利氏(喜連川藩43代)藩主]]|1648~1713|[[喜連川尊信]]|[[喜連川氏春]]}}
 
[[Category:足利氏|あきうし]]
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