「エツェル」の版間の差分

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([[ヘブライ語]]''': הארגון הצבאי הלאומי בארץ ישראל'''/ハ‐イルグン・ハ‐ツヴァイ・ハ‐レウミー・べ‐エレッツ・イスラエル)
 
[[国際連盟]][[英国]][[委任統治領]][[パレスチナ]]の[[ユダヤ人]]入植共同体「ハ‐イシューブ」の自主防衛組織ハ‐[[ハガナー]]から脱退した対[[アラブ]]強硬派により結成された為に「ハ‐ハガナー・ベイト(B)」とも呼ばれた。[[シオニズム]]の中でも領土の拡大維持を重視し理想主義的な[[修正主義シオニズム]]の流れを汲む。その為に現実的な[[シオニズム]]本流の「指導部」からは疎まれ、また危険視すらされた。[[ヘブライ語]]の略称「エツェル('''אצ"ל''')」もしくは、[[英語]]では組織名の最初の部分を取った「イルグン」と呼ばれるのが一般的。ちなみに「イルグン」とは[[ヘブライ語]]の一般名詞で「組織、機構」という意がある。エツェルは[[1931年]]に創設。指導者は[[ゼエヴ・ジャボチンスキー]]であったが、彼の死後は後に[[イスラエル首相]]となる[[メナヘム・ベギン]]が後継者となった。
 
[[Category:イスラエルの歴史|いるくんつうあいれうみ]]
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