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→‎宇治橋の構造: 基礎・擬宝珠等加筆
新しい宇治橋が完成すると橋の無事を祈り、宇治橋を最初に通行する式典の'''宇治橋渡始式'''(うじばしわたりはじめしき)が行われる。当初は長寿の老人が最初に渡っていたが、[[1823年]]([[文政]]6年)の[[両国橋]]の渡初式に3代揃った夫婦が最初に渡ったことにならい、以後は3代揃った夫婦が最初に渡るようになった。<!--このあたり手抜きにつき加筆を希望します-->
 
== 宇治橋の構造 ==
宇治橋は橋脚杭のみが[[ケヤキ]]で、ほかは[[ヒノキ]]で作られている。橋板は近世の記録では365枚の数字があるが、[[1969年]]([[昭和]]44年)の架け替えでは476枚とされた。長さは101.8mで、幅は1949年(昭和24年)に架け替えられた時は7.88mであったが、参拝者の増加に対応するべく1969年(昭和44年)の架け替えでは8.42mに拡幅され、橋桁が5本から7本へ増やされた。また、拡幅にあたって[[コンクリート]]の基礎が初めて採用された。景観に配慮して基礎表面は石畳で覆われている
 
橋脚は橋脚杭3本・水貫4本・筋交貫4本と梁1本から構成されており、梁の上に載せた7本の台持木に橋桁が渡されている。橋脚13組が橋体を支える14径間連続木桁橋の構造である。また、梁の両木口には小屋根と梁鼻隠が取付られ、風雨による劣化を防いでいる。
 
欄干は男柱の上に取付られた16基の[[擬宝珠]]で装飾される。この擬宝珠は[[仏教]]的な名称を嫌う神宮内部では葱花型金物と呼ばれている。造替にあたり他の部材が全て新調されても、擬宝珠だけは磨きあげられるのみで、擦り切れるまで繰り返し使用される。<!--このあたり手抜きにつき加筆を希望します-->
 
近年は宇治橋の橋板の厚さを15cmにしているが、年間400万人前後の参拝客が通行するため橋板の摩耗が激しく、20年間では約6cm摩耗する。[[靴]]ではなく[[草履]]での通行が大部分であった明治以前はこれほど摩耗しなかったという。<!--このあたりに大湊の船大工の技術云々の加筆を希望します-->
川の増水などでの流木などが橋脚に衝突し損傷しないように、宇治橋と'''風日祈宮橋'''([[風日祈宮]]参道の橋)の上流側に数本の杭が立てられており、'''木除杭'''(きよけぐい)と呼ばれる。
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画像:伊勢神宮宇治橋擬宝珠01.jpg|擬宝珠</br><small>「天照皇太神宮 御裳濯川御橋 [[元和]]五己未年([[1619年]])三月」の刻印がある</small>
画像:伊勢神宮宇治橋木除け杭.jpg|木除杭
Image:Bent_of_The_Uji_Bridge01.jpg|橋脚の構造
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