「ファミリーナンバー」の版間の差分

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[[1953年]]に、[[ポーランド]]人の[[カジミエシュ・ボビンスキー]](Kaziemierz Bobinski)がこのファミリーナンバーに基づいて過去からそれまでのすべての系統を網羅した『[[ファミリーテーブル]]』を著し、世界中の主要競走の優勝馬の血統と主な成績を牝系別に示した。彼とその後の研究により、ファミリーナンバーは2006年3月時点で74号までが確認されているが、公式に認められているのは51号まで。[[1745年]]生まれのセリマのように、その後の研究によって別のファミリーに属するとしてファミリーナンバーが変更になったものもある。
 
ボビンスキーは1~23号の子孫はあまりにも増えたため、アルファベットをつけて細分化し、[[1号族]]はaからwまでに分けた。qとvは欠番となっている。これらを通常「1-a」、「1-b」、「1-c」のように表す。現在は、通常これらの系統が分岐する牝馬の名をつけて呼称し、もともとの1号族まで遡って系統をひとくくりにすることは稀である。たとえば14号族は14-aから14-fまでに分かれ、このうち14-cは[[1901年]]生まれの[[プリティーポリー]]を祖とすることから「プリティーポリー系」と呼ぶ。またこの子孫も分化が進んでいることから、「[[ノーザンテースト]]の母レディヴィクトリアは14-c族プリティーポリー系の分枝、シスターサラを経てモリーデスモンドに遡る」などと表現する。アメリカでは、ボビンスキー以降に繁栄して拡大した牝系にアルファベットを追加して付与することも検討されているが(具体的には[[ラトロワンヌ]]の系統を1-xとすること)、ファミリーテーブルの第4版ではこの追加はなされていない。
 
[[アメリカ合衆国|アメリカ]]では[[南北戦争]]の混乱期に[[血統書]]が失われたりしてジェネラルスタッドブックに遡ることができない系統もあり、アメリカ独自の'''アメリカンスタッドブック'''を元に分類されている。これらの系統は'''アメリカンナンバー'''としてAをつけて表し、A1からA37までが公式に認められている。そのほかA38、A39、a40からa79までが未公認の系統として存在する。なお、A4ファミリーはこれらの牝系の中で最も成功しているが、実は21号族の牝馬に遡るというのが有力な説となっている。
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