「マルグリット・ド・フランス (1523-1574)」の版間の差分

1559年6月末から7月初旬に、エリザベートの結婚とマルグリットの婚約を祝う宴が開かれることになった。この祝宴では様々な催事が行われたが、6月30日に開催された[[馬上槍試合]]の事故で、アンリ2世は右目を負傷した。この傷は致命的なものであったが、病床のアンリ2世には意識があり、マルグリットに対しすぐにでも挙式をするよう命じた。自らの死が口実となって、サヴォイア公国との同盟関係が白紙に戻されることを恐れたためである。式は7月9日から10日にかけての真夜中の教会で行われ、アンリ2世はその日に世を去った。
 
マルグリットは1562年には世継ぎとなる息子[[カルロ・エマヌエーレ1世]]を生んだ。
 
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