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'''桜井 良太'''(さくらい りょうた, [[1983年]][[3月13日]] - )は、[[三重県]][[桑名市]]出身の[[バスケットボール選手]]。身長194㎝、体重75㎏、ポジションは[[ポイントガード]]/[[シューティングガード]]。日本人離れした高い身体能力と、身長に似合わない類希なドリブル・ボールハンドリング力と視野の広さを持つ。バスケットボール日本A代表、李相佰杯日本代表。家族は父・母・姉の4人。姉の[[桜井もも子]]も、[[トヨタ紡織]]所属の同じくバスケットボール選手
 
日本人離れした高い身体能力と、身長に似合わない類希なドリブル・ボールハンドリング力と視野の広さを持つ。バスケットボール日本A代表、李相佰杯日本代表。家族は父・母・姉の4人。姉の[[桜井もも子]]も、[[トヨタ紡織]]所属の同じくバスケットボール選手。
 
== キャリア概観 ==
高校卒業後は[[愛知学泉大学]]に入学。1年生時から東海地区、西日本の各大会での新人王を受賞、その後も最優秀選手賞などを受賞。転機は大学3年生の時に訪れる。日本A代表監督に[[NBA]]プレーヤーの[[トニー・クーコッチ]]や[[ドラゼン・ペドロヴィッチ]]を育てた[[ジェリコ・パブリセヴィッチ]]が就任。彼によって、未来の日本代表を担う大学生を集めたスプリングキャンプが行われ、その参加メンバーに選出される。このキャンプで監督の目に止まり、同年日本A代表候補に大学生として[[西塔佳郎]]、[[大宮宏正]]、[[竹内譲次]]、[[竹内公輔]]、[[菅谷徹]]らと共に選出される。その後ヨーロッパ遠征を経て、キリンカップバスケットボール2004、第1回[[スタンコビッチカップ]]に出場。
 
その後、第2回のスプリングキャンプにも参加、2005年のA代表候補にも選ばれ、スタメンに定着。第23回FIBAアジア男子バスケットボール選手権大会 東アジア地区予選に出場後、2度目のヨーロッパ遠征を経て、[[キリンカップバスケットボール]]2005、[[キリンインターナショナルバスケットボール]]2005、第23回FIBAアジア男子選手権に出場。そして、この第23回FIBAアジア男子選手権においてオールアジア2ndチームに選ばれる。
 
スーパーリーグ2005-2006年シーズンには、新人ながらも[[トヨタ自動車アルバルク]]の優勝に貢献。2006年、日本で開催される[[2006年バスケットボール世界選手権|FIBAバスケットボール世界選手権]]に向けた日本A代表に選ばれる。
 
2007年、[[レラカムイ北海道]]へ移籍した。
 
== 関連項目 ==
*[[日本のバスケットボール選手一覧]]
*[[東野智弥]]
*[[折茂武彦]]
 
==外部リンク==
[[Category:日本のバスケットボール選手|さくらい りょうた]]
[[Category:日本代表のバスケットボール選手|さくらい りようた]]
[[Category:トヨタ自動車アルバルクの選手|さくらい りようた]]
[[Category:レラカムイ北海道の選手|さくらい りようた]]
[[Category:1983年生|さくらい りょうた]]
[[Category:三重県出身のスポーツ選手|さくらい りようた]]
<!-- --[[利用者:No1pointguard|バスケット狂]] 2006年6月13日 (火) 12:26 (UTC) -->
 
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