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'''江島 其磧'''(えじま
[[元禄]]期には[[浄瑠璃]]を書いていたが、[[役者評判記]]、そして元禄14年([[1701年]])から浮世草子を書き始めた。宝永期まで、板元の[[八文字屋自笑]]の代作者だったが、1710年頃から不和となり、享保3年([[1718年]])に和解したのち、江島其磧の名で執筆を始める。70以上の浮世草子を書き、最も売れた浮世草子作者であった。三味線物や[[気質物]]の分野を作った。自笑の作品とあわせて「[[八文字屋本]]」と呼ばれる。 ==主たる浮世草子==
*けいせい色三味線
*世間子息気質(
*世間娘気質
*傾城色三味線
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*浮世親仁形気
*けいせい伝受紙子
{{DEFAULTSORT:えしま きせき}}
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[[Category:江戸時代の文学]]
[[Category:1666年生]]
[[Category:1735年没]]
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