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'''カタロニア讃歌'''(かたろにあさんか、原題 ''Homage to Catalonia'')は[[英国]]の文学者[[ジョージ・オーウェル]]による一人称で描かれた[[スペイン内戦]]の[[ルポルタージュ]]。彼自身のスペイン内戦での[[スペイン人民戦線|人民戦線]]への従軍体験を描いたもので、[[フランシスコ・フランコ|フランコ]]将軍指揮下の反乱軍([[ファシスト]]軍)との戦いの模様や、[[バルセロナ]]で起きた人民戦線内部での内紛・市街戦などを自らの経験を元に語っている。戦争の現実を飾らない文体で克明に描写し、また人民戦線側を内紛へと導いた[[スターリン主義]]と非人間的な政党政治への強烈な批判が語られている。また、同時にそんな中でも人間味を失わない[[スペイン]]人と[[カタルーニャ州|カタロニア]]人への愛情と尊敬も語られている。
 
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== あらすじ ==
英国の社会派エッセイストであったオーウェルはスペイン内戦の勃発のニュースを耳にして、ファシストの反乱軍と戦うためにスペインの[[カタルーニャ州|カタルーニャ]]地方へと赴き義勇軍に志願する。しかし彼がそこで体験したのはロマンティックな英雄譚とは程遠い、退屈で物資に事欠く悲惨なで汚臭にまみれた[[塹壕|塹壕戦]]であった。だが、数ヶ月ぶりに休暇で前線からバルセロナに戻ってきたオーウェルが目にしたものは本来一体となってファシストに立ち向かうべき後方の人民政府(共和国政府)内で繰り広げられる愚かな権力争いであった。[[ソビエト連邦|ソ連]]の[[コミンテルン]]の支持の元、政府内の主導権を握った共産党は政府内の他の政党を[[トロツキスト]]と決め付けて敵視し彼らへの締め付けを強化していた。休暇を終え、再び前線に戻ったオーウェルだが、負傷によりバルセロナへと後送される。しかしそこで彼を待っていたものは彼の部隊が所属していたPOUM([[マルクス主義統一労働者党]])の政府による非合法化、そして共産党とPOUMや[[アナーキスト]]との間で繰り広げられる市街戦と政府による逮捕・投獄などの恐怖政治だった。オーウェルの身の上にもその手が及ぼうとするが・・・