「三ケ木」の版間の差分

歴史
(歴史)
* [[神奈川中央交通相模原営業所三ヶ木操車所]] (三ヶ木バスターミナル等)
* [[神奈川県立津久井高等学校]]
 
== 歴史 ==
* [[相模国]]に属する。[[中世]]までは[[愛甲郡]]に属した。「奥三保」と呼ばれた同郡北部の「日影之村」の内の'''三加木之村'''として記録に現れる。
* [[江戸時代]]初期に愛甲郡から分離して'''津久井県三ヶ木村'''となった。[[1633年]]([[寛永]]10年)、[[1697年]]([[元禄]]10年)にはともに[[幕府領]]。[[幕末]]には[[旗本]]鷲巣家の知行。
* [[明治]]初年に津久井県が[[津久井郡]]と改称。[[1871年]](明治4年)11月に[[足柄県]]の所属となり、[[1876年]](明治9年)に同県が廃されて神奈川県所属となる。
* [[1878年]](明治11年)、[[郡区町村編制法]]により'''津久井郡三ヶ木村'''となる。近隣の[[中野町 (神奈川県) |中野村]]、太井村、又野村、根小屋村と町村組合を構成し、役場を中野村に置く。
* [[1889年]](明治22年)4月1日、[[町村制]]を施行し、単独で'''津久井郡三ヶ木村'''となる。引き続き、中野村、太井村、又野村と町村組合を構成し、役場を中野村に置く。
* [[1902年]](明治35年)5月、津久井郡立乙種蚕業学校開設(1939年(昭和4年)3月に廃校となるが、現神奈川県立津久井高等学校はこの学校の開設を同校の創立としている。)。
* [[1925年]]([[大正]]14年)7月1日、中野町(同年1月1日に町制施行)、太井村、又野村と合併し、'''津久井郡中野町'''が発足。同町内の大字「三ヶ木」となる。
* [[1948年]]([[昭和]]23年)3月20日、中野町外2ヶ村学校組合立津久井高等学校認可、同年4月1日に神奈川県に移管、[[神奈川県立津久井高等学校]]となる。
* [[1955年]](昭和30年)4月1日、中野町、串川村、鳥屋村、青野原村、青根村が合併し、津久井郡[[津久井町]]が発足。同町の大字「三ヶ木」となる。
* [[1963年]](昭和38年)12月13日、[[神奈川中央交通]]が[[神奈川中央交通相模原営業所三ヶ木操車所|津久井営業所]]を中野から三ヶ木に移転。津久井郡内のバス交通のターミナルとなる。
* [[2006年]]([[平成]]18年)3月20日、津久井町が相模湖町とともに[[相模原市]]へ編入。同市の大字「津久井町三ヶ木」となる。
 
 
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