「交響曲第7番 (ブルックナー)」の版間の差分

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*この交響曲はブルックナーの国際的名声を高めるきっかけとなったが、[[エドゥアルト・ハンスリック|ハンスリック]]ら反ワーグナー派が強いウィーンでの演奏はブルックナー自身消極的で、定期演奏会での演奏を計画していた[[ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団|ウィーン・フィル]]に「どうか交響曲第7番を演奏しないでください」という書簡を送っている。
*ブルックナーの葬儀の際、この交響曲のアダージョ楽章がホルン四重奏に編曲され、出棺の際に演奏された。
*[[リヒャルト・ワーグナー|ヴァーグナー]]の大ファンであっ音楽に心酔していたことで知られる[[ナチス]]総統の[[アドルフ・ヒトラー]]であるが、ブルックナーも同様に愛好しており、その胸像を前に、7番交響曲7番のアダージョ楽章に聴き入る姿が、[[プロパガンダ]]用の映像として広く利用された。皮肉なことに、ヒトラーが1945年4月30日に自殺を遂げた翌日、後継者[[カール・デーニッツ]]がその死をラジオ放送で伝えた際に、同楽章がヴァ、ワーグナーの《[[ニーベルングの指輪|ジークフリート]]の葬送曲》と共に終日放送され続けたという。(このとき使用された音源は、[[ヴィルヘルム・フルトヴェングラー|フルトヴェングラー]]指揮[[ベルリン・フィル|ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団]]1942年4月2日の録音だとされている)
 
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