「心意六合拳」の版間の差分

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その技法内容は、十大形(龍形拳、虎形拳、猴形拳、馬形拳、鶏形拳、鷂形拳、燕形拳、蛇形拳、鷹形拳、熊形拳)と称される
10種類の動物の象形と意を表した単式拳と、
[[四把捶]]などの数種の[[套路]](伝承されている套路は四把捶のみという派も多い。)、
槍術、大型のヌンチャクである[[長梢子棍]]などの武器術などから構成されている。
両者は伝承する民族の特徴・思想的・宗教的差異を武術に反映し、お互いが独自に発達した為、
現代では技法体系に相違する部分も多数あるが、
共にそのルーツは山西省出身の武術家の[[姫際可]]が創始した心意拳([[形意拳]])に由来するとされる。
姫は心意拳の創始後、次なる優れた伝承者を探して失伝することも厭わず国内広くを探し求めたが、
姫の技を継承出来た者は河南省[[洛陽]]在住の高級官僚であった[[曹継武]]ただ一人であった。
それぞれが現在に伝わる心意六合拳と六合心意拳へと独自に発展していった。
 
また山西省伝来の[[戴氏六合心意拳]]は[[形意拳]]の原型であるが通するある。
 
==他門派への影響==
 
研究者たちの間では、[[三三拳譜]]の存在などが知られていように。また
心意六合拳の古譜(古伝書)は、古くから[[回族]]の居住地域にほど近い
河南省陳家溝在住の[[陳氏太極拳]]を伝承することで知られる陳氏一族の手にも伝来し、
陳氏は心意拳を積極的に研究しその技を自分たちの拳に採り込んだ形跡が見られるとする説がある。
心意拳の高度な陰陽理論と技は、元は[[少林拳]]系の一種であった陳氏の拳に根本から革新をもたらし、
[[太極拳]]の誕生を促したのではないかと推測する研究者も居る。
 
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