「卑弥呼」の版間の差分

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=== 『三国志』の卑弥呼 ===
==== 「魏志倭人伝の卑弥呼」 ====
[魏志倭人伝]」によると、卑弥呼は鬼道で衆を惑わしていたという(卑彌呼 事鬼道 能惑衆)。この'''鬼道'''や'''惑'''の意味には諸説あるが正確な内容については不明。年長大であったが夫を持たず(年已長大 無夫壻)、弟がいて彼女を助けていたとの伝承がある(有男弟佐治國)。王となってから後は、彼女を見た者は少なく(自爲王以來 少有見者)、ただ一人の男子だけが飲食を給仕するとともに、彼女のもとに出入りをしていた。宮室は楼観や城柵を厳しく設けていた(唯有男子一人給飮食 傳辭出入 居處宮室樓觀 城柵嚴設)。
卑弥呼が死亡したときには、[[倭]]人は直径百余歩もある大きな塚を作り、[[奴婢]]百余人を[[殉葬]]したとされている(卑彌呼死去 卑彌呼以死 大作冢 徑百余歩)。
 
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