「マックス・ヘッドルーム」の版間の差分

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Taroh (会話 | 投稿記録)
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== ストーリー ==
20分後の未来。そこは電源スイッチのない(=点きっ放しの (消すと法律で罰せられることになっている) [[テレビ]]が存在し、[[政治]]・[[経済]]などあらゆる物事がテレビの[[視聴率]]によって決定される世界でもある。世界には数千のテレビ[[ネットワーク]]が存在し視聴率を競っているが、中でも「ネットワーク23」はトップクラスを誇っていた。
 
自分の名前を冠した調査報道番組を任されている敏腕レポーター、エディスン・カーターは、視聴者の連続変死事件を追っていたが、局上層部から取材を差し止められる。黒幕は社長のグロスバーグ。企画開発部門チーフを務める天才少年・ブライスが開発した、ザッピング阻止の為の[[コマーシャル|CM]]圧縮技術「ブリップバート」の導入で視聴率を上げる事が出来たものの、実はこれには不活発な視聴者を爆裂死させるという恐るべき副作用が出ており、局としては明るみに出る事を抑えねばならなかったのだ。
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新しいレポーターコントローラー、シオラの指示のもと、ブライスの存在に肉迫したエディスンは、ブリップバートの副作用の様子を収めた映像を目の当たりにする。だが録画には失敗し、エディスン自身も捕まってしまった。グロスバーグの命令を受けたブライスは、エディスンがどこまで知っているか割り出そうと、コンピューターでエディスンの記憶を引き出して数値化、再構成した。かくてエディスンの分身、人格を持った[[コンピュータグラフィックス]]、'''マックス・ヘッドルーム'''が誕生する。
 
なお、マックス・ヘッドルームとは「Max Headroom―高さ制限」の事で、地下駐車場の規制バーに頭を打ち付けて気絶するエディスンが最後に見た物であり、その記憶から再構成されたマックス真っ先最初出て来繰り返し口走った事に由来するが、これは、いわゆる「トーキングヘッド」を意味する「マックスの頭の部屋」との洒落も入っている。
 
== 世界観とビジュアル ==
物語上ではエディスンの人格のコンピュータ上への再構成ということになっているマックス・ヘッドルームのビジュアルは、そのインパクトから多数のメディアへ再露出し、あるいは引用されたが、テレビドラマとしては必ずしも成功した部類に入らないようだ。
 
各話には必ず『現在』起きている問題に基づくテーマがある。それを極端化して『20分後の未来』の事件に置き換えて、エディスンその他の人々がクローズアップしてみせる、という手法になっている。テーマはTVによる[[一億総白痴化|総白痴化]]、マスコミの知る権利とプライバシーの問題、企業の利益追求と倫理など、放映当初の'80年代『現在』だけではなく、21世紀『現在』でも通用する普遍的なものである。このためビジュアルとしてはポップでパンクであるにもかかわらず、テレビドラマとしてはいささか重い内容である。そのためか、2シーズン目の途中(最終話は制作されたが放映されなかった)で打ち切りになっている。またテレビドラマでありながらテレビ(マスコミ)の行き過ぎを揶揄しているというのもマイナス要因だったかもしれない (なおこれとは関係ないが、本作は未来のテレビ局をテーマにしていながら、35mmフィルムで撮影されているというのも皮肉である)。
 
マックスのCGは、単純な線でできた立方体の鉄格子のようなものが動き回る中、CGで合成されたことになっているマックスが表情豊かに軽快なおしゃべりをするというものである。このCGは、'80年代のCG技術の限界もあるためか、実際には実写で作られたCGもどきである。エディスンをも演じているマット・フリューワーにしわや髪の毛・歯などの細かいディテールを消す特殊メイクを施し、テカテカのジャケットを着せて極端なライティングをした状態で撮影し、コマを飛ばしたり繰り返したりして非人間的な動きに仕立て上げたものである。マット・フリューワーはエディスンを演じるときはクールでやや暴力的で抑えた動きをしているが、マックスを演じるときは笑顔をベースとするひょうきんな動きをすることで、よりコンピュータ合成的な対比を強めている。音声もこれに合わせて語尾を繰り返したりピッチ・チェンジャーで上げたり下げたりしているのは、現在のヒップホップ・歌謡曲のはしりをも思わせる。
 
この他、主にTV局のコントロールのスクリーンに登場するCGも、ワイヤーフレームが主体である。CGとしては決して高度な部類に入らないが、後述する装置等の美術と相まって、奇妙な未来感を演出している。
 
エディスン達が活躍する『20分後の未来』は、近未来の荒廃した都市を思わせる。都市部の人々は過密な雑居ビルに住まい(ちなみに作中では、アメリカなのだろうか、この『世界』の人口は3億人ということになっている)、自由を求めて社会保障を捨てた人々は荒れ果てた『外辺』に住んでいることになっている。多くのシーンではスモークが炊かれ荒廃感を演出している。作中で登場する多国籍企業ZIGZAG社の本社は東京にあり、東洋の入り混じった西洋になっている。決して『きれいで豊かで平和な未来』ではないこのような世界観・ビジュアルの構築には、映画ブレードランナー('82)などの影響で'80年代に出現してきたサイバーパンクの影響があると思われる。
 
人々がテレビに依存し、またものごともテレビを基準として動く社会を演出するために、スラム街である『外辺』でも無造作にTVセットが積み上げられて常に人々はテレビに依存した生活をしている。また世界は数多くのテレビカメラによって常に監視されており、テレビ受像機ですら双方向で視聴者を撮影しているという設定になっている。この設定により、テレビ局内にいるコントロール (世界中にあるテレビカメラやデータベースに自由にハッキングできる技量がある) がレポーターに警備員の数を教えたり、取材対象の位置などの情報を教えて、突撃取材のガイドをする、ということになっている。
 
作中のハイテク機器は、すべてレトロな雰囲気である。コンピュータの端末はストロークの深いタイプライターのキーボードであり(実際古いタイプライターを改造したセットのようである)、マウスやウィンドウシステムといったGUIは登場せず、登場人物がキーボードを高速で叩きまくってハッキングをする。コンピュータのディスプレイやTV受像機などは液晶・フラットパネルどころか、ブラウン管で角が丸い、今ではあまりみられない(もちろん'80年代からみても古典の部類の)表示デバイスである。
 
== イギリス版キャスト ==