「クウェート」の版間の差分

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議会制度の歴史は他の湾岸諸国よりも古く、[[1920年代]]の[[諮問議会]]まで遡るとされている。しかし、[[2007年]]現在も[[政党]]の結成が認められていない。[[女性参政権]]は、[[バーレーン]]や[[カタール]]、[[オマーン]]など他の湾岸諸国が先に確立した。
 
[[サバーハ家]]にはジャービル分家とサーリム分家という2つの分家が存在し、交互に首長を輩出する慣習が長く続いてきた。しかし2005年にジャービル家の[[ジャービル・アル=アフマド・アッ=サバーハ|ジャービル]]首長が没してサーリム家のサアド皇太子が即位すると新首長の健康問題を理由にジャービル家を中心とするサアド首長降ろしが行われ、結局サアド首長は退位させられてジャービル首長の弟サバーハ首相が即位した。サバーハ首長は皇太子に弟の[[ナワーフ・アル=アフマド・アッ=サバーハ|ナワーフ]]王子を任命しており、クウェートの支配体制はジャービル家により固められつつある。
 
[[1962年]]、第1回クウェート国民議会選挙始まる。
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