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'''レオ・アフリカヌス''' (Leo Africanus,[[1483年]]? - [[1555年]]?)は、[[アラブ]]の旅行家、地理学者。本名は“al-Hassan bin Muhammad al-Wazzan az-Aayyati”で、“レオ”は[[ローマ教皇]][[レオ10世]]から与えられた名で、“アフリカヌス”はニックネーム。
 
[[スペイン]]の[[グラナダ]]で生まれ、18421492年の[[レコンキスタ]]によるグラナダ陥落後、[[モロッコ]]に移り叔父から教育を受け17歳で伴われて[[ソンガイ帝国]]を訪れた。数年後、再びこの地を訪れ[[エジプト]]まで旅をした。1518年ごろトルコ旅行の帰途,[[シチリア]]の海賊に捕えられ,ローマに送られ法皇レオ10世に仕えるようになり、キリスト教に改宗した。しかし法皇の死後は[[チュニジア]]に行き、再びイスラム教徒に戻ったといわれるが,晩年は謎が多い。
 
彼の口述筆記による見聞録『海と陸の旅』が1550年に[[ベネチア]]で出版されて反響を呼び、後に『アフリカ誌』として長い間有名だった。この全9巻よりなる大著『アフリカ誌』は長いあいだ,ヨーロッパ人がイスラム世界アフリカを知るための最も貴重な手掛りであった。
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*[http://www.said-hajji.com/en/book-leo.html Hassan Al Wazzan aka Leo Africanus]
 
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[[Category:地理学者]]
 
[[de:Leo Africanus]]